医者は患者に危害を加えてはいけない
今回は、認知症の人への支援から見た医療倫理の4原則の2つめの要素として、無危害を取り上げます。
医師という職業において無危害の原則は、医療行為における中核的な倫理的指針の一つです。この原則は、患者に害を与えないこと、特に治療を行う際に不必要な危険や副作用を避けることを意味します。この原則の根底には、医療提供者が患者の健康と福祉を最優先に考慮するという基本的な倫理があります。
無危害の原則は、「ヒポクラテスの誓い」にその起源を持ちます。これは、治療行為が患者にとって利益となると同時に、潜在的な害を最小限に抑える必要があるという考え方を反映しています。例えば、強力な薬を処方する際には、その効果だけでなく副作用も考慮する必要があります。また、手術を行う際には、手術による利益が潜在的なリスクを上回ることを確認する必要があります。
この原則に基づき、医師は患者の状態を正確に評価し、利益とリスクのバランスを慎重に考慮しながら、最適な治療法を選択します。また、患者の同意を得る過程(インフォームド・コンセント)においても、可能なリスクと利益について明確に説明し、患者が十分な情報に基づいて意思決定を行えるようにサポートすることが求められます。
認知症の人でも同じ
認知症の症状により、暴力や暴言などが出る場合があります。その場合も、強いお薬で鎮静させるなどを行う前に、どうして暴力が出るような状況になっているのか、背景の評価を行い、環境の調整をまず行ったうえで、本人に対する処方を決定していく必要があります。
なぜなら、良く用いられるような抗精神病薬は、歩行の障害や転倒傾向が出現することが多く、糖尿病の悪化や傾眠が起こることもあり、結果として多くの鎮静を伴う薬では本人の寿命を短くしてしまう(危害を加えることになる)ことがわかっているからです。
認知症の人への介入は、一人ひとりの認知症の症状、個性、生活環境は異なるため、標準化されたアプローチではなく、個別のアプローチが必要です。また薬物治療に頼る前に、非薬物療法の選択肢を検討することが重要です。例えば、認知症の人に対する行動療法、環境の改善などが挙げられます。これらのアプローチは、副作用のリスクが少なく、認知症の人の生活の質を向上させる可能性があります。またケアにおいては、家族や支援者との連携が不可欠です。また認知症の人へのかかわりの方法は、一度決定されれば固定されるものではありません。その人の状態の変化や介入の効果に応じて、治療計画は継続的に評価され、調整されます。
まとめ
認知症の人でも、医師は無危害の原則を守ることは重要です。もしここで意図的に押さえつけるような治療をやみくもに行ってしまうようなことがあれば、医療の枠組みを超えて危害を加えることにつながってしまいます。こういった介入において倫理的なストッパーがあるからこそ、治療として成り立ちます。
参考文献:
Beauchamp TL, Childress JF. "Principles of Biomedical Ethics." Oxford University Press, 2013.
Jonsen AR, Siegler M, Winslade WJ. "Clinical Ethics: A Practical Approach to Ethical Decisions in Clinical Medicine." McGraw-Hill Education, 2015.
Kitwood, T. "Dementia Reconsidered: The Person Comes First." Open University Press, 1997.
National Institute for Health and Care Excellence. "Dementia: Assessment, Management and Support for People Living with Dementia and Their Carers." NICE Guideline [NG97], June 2018.
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