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人間の無関心が一番怖い。僧侶が読み解く映画『関心領域』

「仏教と関わりがある映画」や「深読みすれば仏教的な映画」などを〝仏教シネマ〟と称して取り上げていくコラムです。気軽にお読みください。

「関心領域」

ジョナサン・クレイザー監督
2023年イギリス/ボーランド/アメリカ作品
 

 映画をより楽しむために、事前情報をなるべく入れずに作品へ臨むという方は少なくないでしょう。でもこの作品に関しては、予備知識があった方がいい。予備知識がないと内容が理解できないと思います。作品中に説明的なセリフや映像はほとんどありませんので。必要な予備知識とは、過去の事実です。

 舞台は1945年のポーランド。手入れの行き届いた芝生と花々に飾られた庭で遊ぶ子どもたち。屋敷で暮らす裕福な一家の平和な毎日が描かれます。その中に時折、妙な音が響きます。しかし人びとは全く気にしていません。耳に入っていないかのようです。

 妙な音は、屋敷に隣接する、高い塀の向こうから届きます。塀の向こうにあるのは、ユダヤ人収容所。屋敷は、その所長の住まいだったのです。響くのは銃声であり、悲鳴であり、不穏な機械音。そびえる煙突からは悪臭も漂ってくるでしょう。そんな中で、所長の妻はここを「理想の家」と自賛するのです。

 作品中に残虐なシーンはひとつもありません。しかし、塀の向こうへの関心を遮断した人間の無邪気な振る舞いは、直截表現よりも不気味で観る人を震撼させます。それが「過去の愚かな出来事」にすませられず、現在まさに進行している事象と重ねられるから尚更。  

 親鸞聖人は「辺地七宝の宮殿に 五百歳までいでずして みづから過咎をなさしめて もろもろの厄をうくるなり(正像末和讃)」とお示しになりました。「過咎」とは罪、「厄」はわざわいです。「七宝の宮殿」とは、独善と自己満足という「利己」のみが「関心領域」の世界。その城は、他への関心を閉ざすことでたやすく建ち上がります。
 
松本智量(まつもとちりょう)
1960年、東京生まれ。龍谷大学文学部卒業。浄土真宗本願寺派延立寺住職、本願寺派布教使。自死・自殺に向き合う僧侶の会事務局長。認定NPO法人アーユス仏教国際協力ネットワーク理事長。

※本記事は『築地本願寺新報』掲載の記事を転載したものです。本誌やバックナンバーをご覧になりたい方はこちらからどうぞ。