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本を読むために私が外さなければならなかったブロック

(写真はカリフォルニア州ベンチュラのビーチ:2021年8月撮影)

読書の秋ともいわれますが、
この秋どんな本を読んでいますか?

小学生の頃
お小遣いは少ししかもらえなかったのですが、
毎月1冊本を選んで買ってくれるというシステムが
我が家にはありました。

教師であった親が
子供に本を読む習慣をつけさせよう
そう思ってのことでした。


ハイパフォーマンス・コンサルタントの髙澤健(たかざわたけし)です。
この記事を読んでくださっているあなたが、「最高の自分」に向かって成長するお役に立ちたいと願いながら書いています。


読書のジャンル

小学生の時は、
もちろん本の帯に「文部省(文部科学省ではなかった頃)」
が入っている教育的書籍を読まされました。

自分で選ぶようになってからは、
リーダーシップ関連のビジネス書

やはり、ノウハウを扱ったものが多かったように思います。

米国の大学院で学んでいる時には
必読書がコースごとに2000頁ほどありました。

本の厚みにもよりますが、
3〜5冊のリーダーシップ関連の学術的な本
読まなければならなくなりました。

卒業した今は
対人支援のためのノウハウを扱った
実用書
を読んでいます。


読書は苦しい

「読まされて」という表現が出てきましたが、
やはり私は「読み書き」が苦手なのかなぁと自覚します。

加えて、大学院に在籍中は、
英語の本を読まなければならず
苦労しました。

もともと文字を読むことが得意ではありません。

しかし、一番大変なのは、
本に「読まれる」のではなく
本を「読む」ことなのです。

本を「読む」と本に「読まれる」
何が違うの?

「読まれる」のは、
本の中、著者の世界に入って
著者の発信することにつかること。

「読む」のは、
本の外側、著者の世界の外から、
地球を大気圏の外からながめるように
著者が発信していること
だけではなく、
著者が言っていないことまで
「読む」ってことです。


目からうろこ

大学院で学んだことです。

どうやって四半期の間に
3コース、4コース履修して
各コース事に2,000頁分の本を読むのか?

これは、伝記や小説には当てはまらない読み方です。

まず、「読んだ」という定義づけを変えることです。

よく話題になっている本を
「たけしさん、この本読んだ?」
と聞かれます。

この時に
立ち読みしましたとか
まだ、読んでません
という反応をします。

これは、本の1ページから最終頁まで
書かれてある全ての文字を読まなければ
「読んだ」と言えないと
自分で思っていました。

そのブロックを外すこと
私にとって読書の本来の目的を
達成するために必要
でした。

そのブロックを外すことができたのは、
ある授業で教授が

「今朝新聞を読みましたか?」

という質問をされたことがきっかけでした。

当時はインターネットが
今のように普及していませんでしたので
「はい」と答えました。

するとその教授が、

「あなたは、新聞の一面から最終面まで全ての文字を読んだのですか?」

と質問してきました。

「えっ!全部読んでません。」
自分が興味のある、必要と思われる情報がある記事だけです。

教授:「でも、あなた今新聞読んだと言いましたよね」

私:「はい」

教授:「本も同じように読んでください。」

あ〜そうか!

自分に必要な部分を読めば良いんだ。
そこで、以下のステップで読むことにしました。

1.表紙を読む
2.裏表紙を読む
3.目次を読む
4.何を言っていないかを読む
5.興味のある章を読む
6.全部読みたければ全章を読む

インプット、アウトプットを
意識しながら、
各ステップで「読む」のです。

ステップ3以降は、「読んだ」と言う事にしました。

あなたの読書法も教えてください。

最後までお読み頂きありがとうございます。




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