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【読書】高野秀行『世にも奇妙なマラソン大会』

── 私には『間違う力』があると言われる。(『世にも奇妙なマラソン大会』はじめに)

書店でたまたま手にとった本の最初の一文につかまれてしまいました。

深夜の気の迷いでエントリーしてしまったサハラ砂漠でのマラソン大会参戦記、表題作の「世にも奇妙なマラソン大会」ほか、旅先でごっついゲイのおじさんに口説かれた体験談「ブルガリアの岩と薔薇」などを収録。笑える紀行文集です。

笑えるのだけど、妙な緊張感も伴っていて面白い。きっかけは気の迷いだろうとサハラマラソンは当然、肉体と精神の極限に追い込まれる訳だし、「ブルガリアの岩と薔薇」だって、笑って読んでるけど、もし自分がその状況に追い込まれたら恐いだろうなあと思います。

そういえば、自分にもちょっとだけ似た経験があったのを思い出しました。「マラソン大会」ではなく「岩と薔薇」の方。

仕事で台湾に長期滞在していたころのことです。休日に海を見に行こうと一人でタクシーを探していたところ、スクーターに乗った通りすがりの青年が「どうしたのか」と声をかけてきました。事情を話すと後ろに乗れと言う。彼は、スクーターで海まで送ってくれたのですが、そこで、"I love you."と言われてゲイだとわかった次第です。

女性にすら言われたことのない言葉を男性から聞いてちょっと焦りましたが、カタコトの英語と中国語で、ぼくは既婚で子供も一人(当時)いて、そっち方向には興味がないのだと必死に説明すると、彼はそれ以上しつこくはしませんでした。

この経験でぼくは、ゲイの方たちの中にも紳士的な人はいるという、考えてみれば当然のことを再認識しました。嗜好が違うだけでなんとなく警戒した自分には偏見があったかもしれません。

彼は、ぼくがノン気と知っても急に冷たくなることはなく、ここはめったにタクシーが通らないから、帰りに困ったら電話しておいでと、名刺を渡してくれました。

果たして、夕暮れの海岸沿いにタクシーは一向に通らず、ぼくは結局、彼のスクーターで市街まで送ってもらうことになりました。

(2014/5/24 記、2024/7/20 改稿)


高野秀行『世にも奇妙なマラソン大会』本の雑誌社(2011/2/10)
ISBN-10 : 4860112141
ISBN-13 : 978-4860112141

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