【読書】梨木香歩『村田エフェンディ滞土録』
エフェンディというのはトルコ語で学者などに用いる尊称のようです。考古学留学生、村田くんのイスタンブール滞在記という形で、英国人の下宿の女主人や、ドイツ人・ギリシャ(希臘)人の同居人たちとの国や民族を越えた交流、友情が描かれます。19世紀末、オスマン帝国末期という時代設定がおもしろい。
梨木香歩さんは、短い言葉で読者の心をつかみますね。以下は登場人物の希臘人ディミトリスの台詞です。後者は引用らしいのですが。
── 人は過去なくして存在することは出来ない。 (P27)
── 私は人間だ。およそ人間に関わることで、私に無縁なことは一つもない。(P79)
それに村田先生の一人称でのシーン描写も秀逸でした。
── 教会のように天井の高い隊商宿(キャラバン・サライ)で、眠れぬ一夜を過ごした明け方、遥か高窓から暗闇にさっと日が射してきた、そこにきらきらと塵が光って見えた。それが長い長い光の道で、最後まで届くのだ、その汚泥に満ちた床の一点にまで、真っ直ぐと。(P46)
── やはり、現場の空気は良いものだ。立ち上がってくる古代の、今は知る由もない憂いや小さな幸福、それに笑い。戦争や政争などは歴史にも残りやすいが、そういう日常の小さな根のようなものから醸し出される感情の発露の残響は、こうして静かに耳を傾けてやらないと聞き取れない。それが遺跡から、遺物から、立ち上がり、私の心の中に直接こだまし語りかけられているような充実。私は幸せであった。(P56)
この本は、市立図書館で借りたのですが、裏表紙の見返しに、借りた図書館から少し離れた町の図書室の印が残っていて、その上から廃マークが押印されていました。市町村合併で保管場所が移ったのではないかと思います。こんなところに小さな歴史を感じたりするのは、村田先生に感化されたせいかもしれません。
(2013/1/31 記、2024/1/13 改稿)
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梨木香歩『村田エフェンディ滞土録』角川書店 (2004/4/27)
ISBN-10 4048735136
ISBN-13 978-4048735131