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ル・グィン『世界の誕生日』を読む

『闇の左手』と『風の十二方位』は読んだことがあるのですが、ひさしぶりに触れるハイニッシュサイクルの世界を、憶えているかどうか不安だった。
でも別に読み返さなくてもよかった。それぞれの短編が独立しておもしろい。

おおざっぱにハイニッシュサイクルとは、惑星ハインのハイン人が銀河帝国を築いて、いくつもの植民星を支配していたが崩壊。その後、ハイン人はエクーメンと呼ばれる組織を再興し、かつての植民星に対して、大使や調査員を派遣して親善外交を求めている。という世界。

最初の6編がハイニッシュもの。ほか二つは独立した短編です。


愛がケメルを迎えしとき

『闇の左手』の惑星ゲセンが舞台。
両性具有の種族である彼彼女らは、ケメルと呼ばれる発情期が決まっていて、その際にそれぞれ男か女に変身する。
少女であったセヴのもとにもケメルの兆候が現れ、寺院で修行を積んだあと、盛大な儀式の場へと召喚される。
そこでは、同じくケメル期に入ったものが集められていて、彼ら彼女らは一斉に交じり合う。

『闇の左手』で描かれたゲセン人のイニシエーションの場面が、少女(少年)の視点で語られる。
体の内側から急激に衝動が湧き上がってきて、自分自身のアイデンティティさえ揺るがしていく自己喪失の感覚など、読んでいて引き込まれる。奇妙な愛の形だ。

セグリの事情

遺伝的な欠陥のためか、男子の出生率が異常に低い惑星が舞台。
男たちは城に隔離され、その周囲の村に女たちが住む。

男たちは闘技場のレスリングで戦い、女たちが観客となり優劣を競う。
優秀だと認められた男たちは性交処へいき、金をもらって女たちに種付けをする。
そして女たちは男とは生殖の関係のみで、女同士で結婚し家族を持つ。

この極めて特殊な文化を持つ惑星に調査隊が送られ、彼らの持ち帰った報告書や、小説、伝記が物語として語られる。
やがて男子の中に、自由と独立を求めて立ち上がるものが現れ、かつての制度が崩壊していく。

文化や慣習、男女といった壁を乗り越えること。お互いに理解し合うことの困難と美しさがあって、作者の世界に共感する。設定だけですでにおもしろい。

求めぬ愛

四人1組で結婚するという特殊な慣習をもつ惑星Oで、ハドリという青年がスオルドという男に見染められて、スオルドの故郷の村に案内される。
スオルドは結婚を望んでいたが、村の女たちはよそ者のハドリを信用しない。結婚は女二人と男二人で行わなくてはならず、スオルドは強引に同じように結婚を待っている女のカップルを結婚相手に引き入れようとする。

ハドリは知らない相手と結婚して愛し合うことはできず、かといってスオルドとの結婚を諦め、拒むこともできない。
そこに唯一、ハドリに話しかけてくれるアンナドという女性が現れる。

彼女はハドリの悩みを見抜いて、結婚相手の女性と何がなんでも話をしなさいと助言する。
すると相手の女性も、ハドリと同じように、同性のパートナーの強引さに逆らうことができず、苦しんでいたのだと告白する。

“明らかにこうした社会は、人間を二種類に分けられるものと考える。区分の基礎となるものは権力であり、あるひとつの性に並外れた権力を付与している。”

冒頭で単婚制の社会をこのように語っている。ハドリたちの社会がもし単婚だったら、どちらかが結婚相手に対して我慢するような構図になるのかもしれない。でも四人の結婚などというものがあり得るなら、こうした不幸な結末を回避できるのかもしれない。なんて想像させる非常に面白いアイデアでした。

山のしきたり

再び惑星Oの話。

とある村にやってきた巡回学者(説教をして回る人、宗教学者)の女性アカルが、その村の農場を主である女性シャヘスと恋に落ちる。
しかし彼女は同じ半族の人間で、惑星Oでは同じ半族同士の結婚は近親相姦のようなタブーとされていた。
そこで彼女たちはアカルを男装させ、男だと偽って四組のカップルで結婚をしてしまおうと計画する。

この話は『求めぬ愛』と対になっていて、四組の結婚の問題点、マッチングの困難さ、半族同士の結婚が禁じられている旧弊な価値観、封建的な共同性。など、失敗した結婚についての話。でも最後は四人でもう一度歩み寄っていく、希望を感じさせるラスト。

孤独

惑星ソロを訪れた調査員が、自分の娘と息子を呼んできて移住するが、次第に子供たちがその惑星の風習に染まっていく。
ソロでは、女性と子供は村の中心、男性は村の周辺に住み、男女で話をすることはない。

ソロにはかつて科学文明があったような雰囲気を匂わせるが、滅亡してしまい、科学は魔法として語られている。
母親は娘と息子を連れて帰りたいが、娘は惑星ソロにとどまることを望む。

作者曰く、「内省」についての話らしい。自分の意見をはっきりいえとか、友達を作れとか、外向的であることをよしとする文化がアメリカでも日本でも強い。母親は科学文明に住む人間で、娘は母からすると未開の文明に住んでいる。しかし娘が選んだ世界は、その世界なりの豊かさを秘めている。ラストでは、母娘が分たれてしまうが、娘に子供ができたとき、母の知識を尊重して宇宙船を呼び寄せるシーンが象徴的。

古い音楽と女奴隷たち

惑星ウェレルでは内戦が続き、政府軍と解放軍が分断地帯を挟んで対立している。
大使館は中立を保つが、政府軍によって包囲され情報が遮断されていた。
大使館員をしている、オールドミュージックことエスダンは、政府軍の交渉に応じるため、こっそり大使館を抜け出して分断地帯で接触するが、彼らに拉致されてしまう。

彼は政府軍が拠点として使っている荘園で、蹲踞檻に入れられ酷い拷問を加えられる。
政府軍はバイボ(バイオボム)と呼ばれる大量破壊兵器を隠し持っており、それを使わせる前にエスダンにエクーメンと交渉してもらい、政府を合法と認めてもらいたいという。

荘園にはかつての奴隷たちが働いていて、エスダンは彼女たちと仲良くなる。
奴隷のカムサは赤ん坊を背負っているが、赤ん坊は病気にかかっていて長くはないという。戦時下でなければ助かった命だった。

夜中、荘園に爆音が響き、解放軍が政府軍を蹴散らした。
解放軍は政府軍がバイボを使う前に、やはりエスダンにエクーメンと交渉してもらい、自分たちを援助してほしいという。
しかしさらに爆撃が彼らを襲い、エスダンと奴隷たちは地下壕に隠れ、やがて別の場所から来た解放奴隷たちによって救出されるのだった。

奴隷たちには奴隷の習慣しみついて抜けない。大きな爪痕。無益な争いのからわらで、赤ん坊が死んでしまうという、これが現実。
エクーメンは結局、どちらにも手出しをせず中立の立場をとるが、悪く言えば傍観と同じだ。
この短編だけ、もやもやと答えの見つからないまま終了していくため、一番重い読後感を残す。

銀背で最近出た『赦しへの四つの道』の追加された五つ目の短編が本作だそう。
銀背はおしゃれだけど高い……読みたい。

世界の誕生日

とある惑星では、神である人間が政権を握っており、神の踊りによって太陽の運行を占っていた。
しかし神は病にふせっており、力を失いつつある。その後継となる王女と弟の間で結婚が執り行われようとしていたが、兄が軍隊を率いて神の座を奪おうとする。
そこに、一つ目で肌が白く体毛のない新たな神、予言に記されていた新しい神がやってきてしまう。

インカ帝国風の神=人が収めている文明に、宇宙服をきた人間がやってきて、古い文明が崩壊する瞬間を描く短編。
王女の視点で世界観が語られるのがやはり、面白いところ。

失われた楽園

世代間宇宙船で旅を続ける人類の第五世代目の子供、シンとルイース。
彼女たちはVRの中でしか地球を知らず、第ゼロ世代が失ったと嘆く、自然での暮らしのことなどは言葉のうえでしか理解できなかった。

シンは計算が得意で航法学、すなわち宇宙船の進路にズレがないかを綿密にチェックする仕事に興味と才能を示し始める。
ルイースは宇宙船内で信じられている唯一の宗教である、至福会に潜入することに。

シンは夫のヒロシから、ある信じがたい事実を聞かされる。
宇宙船は一年ほど前に重力陥没を通過したさい、予想外の加速をしてしまい、コンピューターはエラーとして処理してしまった。
つまり船は予想よりも早く目的地に到着することになったのだ。

しかし船は至福会のメンバーによって牛耳られていて、至福会では宇宙の外は存在せず、宇宙船の中こそが世界の全てであり、旅とは永遠に終わることのない魂の旅だと説明されていた。彼らは、着陸を拒むだろう。

結局、移住派と船内で旅を続ける一派に分裂し、植民者を残して船は宇宙の彼方へ去ってしまう。
シンとルイースは新たな惑星に降り立ち、開拓を始める。

危険と刺激に満ちた自然界は宇宙船内のクリーンな生活とはかけ離れていて、死者を出しながらも彼女たちは住む場所を作り、水の重要性を学び、土の上でダンスを踊って喜び祝うのだった。

世代間宇宙船ものの、中間世代を主役にした中編。書き下ろしで、他の短編とは異なる宇宙が舞台。この話だけ他よりもページ数が多い。
生まれてから一度も自然に触れたことのない世代の人類が、大地で暮らすということを再発見する物語。
完全に人工物に囲まれていると、船の中が=世界になってしまって、着陸を拒む人がいるというのは興味深い。

移住派と船内派でどちらの生活が良いかは、決めるのが難しい。
それだけに、主人公たちが下した決断はそうとう覚悟のいるものだったろう。

全編にわたって、セックスやジェンダー、結婚について考察されていて、共通するテーマが多い。
異世界の奇妙な風習を描くことに関して、作者の右に出るものはいない。
いずれも奇妙な視点から、人間のもつ社会や文化を描いていて、はじめは混乱のうちに読み進めるけども、次第に世界の輪郭があらわになっていき、その人たちの文化を理解していく体験に変わっていく。

どの短編も発想が面白くて、オリジナルな異世界を構築しようという意思に貫かれている。SFを読む醍醐味にあふれる、傑作短編集ではなかろーか。


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