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一緒に声をあげよう!高齢者介護の品質向上のために


1.介護サービスの利用者満足調査

 ホテルや旅行会社や航空会社などでサービス向上のために利用者の満足調査を行うことがよくあります。
 介護サービスでも「利用者満足度調査」を行うことがありますが、この調査の信憑性しんぴょうせいは非常に低いと思われます。利用者満足度調査といっても、その実態は当事者(利用者本人)ではなくその家族への調査となっていることが多く、当事者ご本人の満足度ではないからです。
 また、当事者にしても、その家族にしても、一般的には介護サービスの利用経験が浅く、他の介護サービスと比較することは困難です。
 さらに、介護サービス提供者に不満を言いにくい状況があることも考慮されなければなりません。

 上野千鶴子(社会学者)さんは以下のように指摘しています。

 利用者は介護サービスの利用を継続している限りは、サービスに「満足」と答える傾向があり、サービスに不満があればそれを口にしないか、黙って利用の継続をとりやめる傾向がある。
 したがって、利用者満足度調査は、あてにならないか、やっても無駄な場合が多い。

引用:上野千鶴子 2011『ケアの社会学』太田出版 p170

 介護サービスの実態を知る者たちで利用者満足度調査の結果を信じる者は、ほとんどいないのではないでしょうか。
「我が社は利用者満足度調査を定期的に実施しており、満足度は95%以上と常に高い評価を頂いております。」と言われても・・・この会社は介護サービスにおける満足度調査の実態や当事者及び家族の実際の心情を本当に理解しているのかなと思ってしまうことが多いのです。

 介護サービスの満足度とはあくまでも介護サービスを受けている当事者の満足度です。ですから、日々、当事者一人一人の声に耳を傾け、一人一人の表情を読み解くことが当事者の満足度を推し量るもっとも現実的で確かな方法だと思うのです。

 そもそも、介護施設に自ら喜んで入居する当事者は少ないのです。高級有料老人ホームならいざ知らず、介護保険施設[1]などは家族に無理やり入居させられたか、家族のためを思って仕方なしに入居する人がほとんどで、自ら喜んで入居する人はほとんどいません。そして、一端いったん、介護保険施設に入居したら、退去できることはほとんど無いので、他の施設と比較することもできないのです。 

2.障がい者の権利運動

 利用者満足度調査の結果は当てにならないし、このような調査は介護施設のサービス向上、現状の改善には全くつながらず、事業者の自己満足にしかならないことが多いのです。
 では、介護施設のサービス向上、または現状を打破するために、当事者たちの声を行政や経営者へ届けるためにはどうしたらよいのでしょうか。

 ここで、遠回りになりますが、障がい者福祉におけるサービス改善の歴史に学ぶことも有益だと思います。

 熊谷晋一郎氏(東京大学先端科学技術研究センターの准教授)さんによれば、1970年代の医学水準では、障がい者を健常者に近づけることが難しいにも関わらず、障がい者を可能な限り健常者に近づけることが目標とされていたと言います。

 このような考え方を「医学モデル」といい、この「医学モデル」は、どんな環境に身を置いても身体の特徴として存在し続けている障害、つまり、環境から独立している障害、「インペアメント:impairment」を前提としたものです。そして、障がい者は医師による権威主義的な指導の下にリハビリをやらされていたと言います。
 同氏は次のように述懐しています。

 簡単に言えば介助者の方が偉かったのです。言い換えれば、介助者が障がい者を支配していた。例えば、障がい者は喉が渇いたので水が飲みたいと思う。しかし介助者は今忙しそうだから「もう少し我慢しようか・・・」と介助者の仕事の段取りに合わせて障がい者側が自分の生理的欲求をいちいち我慢しないとけないような時代、介助者の顔色を見ながら生きていかなければいけなかった時代があったのです。

引用:國分功一郎・熊谷晋一郎2020「<責任>の生成-中動態と当事者研究」新曜社p22~28.P379、380

 それが、1980年代になると、そのリハビリの効果について疑問視され、財政的な視点からも過剰な医療化を抑制するようになり、障害は障がい者側の問題ではなく、社会環境の側に問題があるとする「社会モデル」に転換されました。そして、障害とは、環境との相互作用で発生したり消えたりする障害、「ディスアビリティ:disability」を前提とするようになりました。

 そして、この「医学モデル」から「社会モデル」への転換の背景にはリハビリの適正化という潮流のほかに、障がい当事者の運動があったと言います。

 また、1980年代以降、障がい者が介助者を「支配」しようとする「介助者手足論」が生まれてきたとのこと。これは介助者に障がい者の手足になることを求めるものですが、この障がい者と介助者との関係は、ヘーゲル(ドイツの哲学者)のいう主奴しゅど関係に類似していると思います。

(参照・引用:國分功一郎・熊谷晋一郎2020「<責任>の生成-中動態と当事者研究」新曜社p22~28.P379、380


 主奴関係については以下のnoteをご参照願います。


 現在の、介護保険下での障がい老人に無理やり「自立」を求める現在の老人介護と1970年代の障がい者を取り巻く状況は、同じではないでしょうか。
 当事者(お年寄り)の意向を軽視して先回りし、良かれと思って一方的に介護するパターナリズム(paternalism)おかされた老人介護の世界はいまだに、「医学モデル」であって、障がい者介護の世界より40年ほど遅れているのでしょう。この40年の遅れは、高齢者の権利要求運動が存在しないことが大きな要因ではないのでしょうか。

3.高齢者運動の不在

 上野千鶴子(社会学者)さんは、障がい当事者の運動はあるが、高齢者の運動はほぼ無いと言います。そして、同氏は、そもそも介護保険の原型を作ったのは障がい者運動だとしています。
 老人介護が障がい者介護から40年も遅れているのは、高齢者の権利要求が社会運動としては、ほとんど無いということがその一因だと思います。

 アメリカには会員3,500万人を超す全米退職者連盟 AARP (American Association of Retired Persons) があり、政治的な影響力を発揮していますが、日本では世界一の高齢化率にも関わらず高齢者の組織化が進んでおらず高齢者の権利要求を政治に求め政策化することがほとんどできていないといえます。

 また、上野千鶴子さんは日本高齢者生活協同組合連合会(略称・高齢協)が全国自立生活センター協議会と協力して実施した『高齢者・障がい者のサービス利用の実態・意識調査』(2004年)を紹介しています。

 この調査は、高齢者と障がい者のサービス利用についての実態と意識の比較を調査したものですが、サービス利用における抵抗感は「ない」と「あまりない」を加えた肯定的な回答が、高齢者が75%、障がい者が82%だと言います。
 サービス利用に抵抗感のない理由として「自分の権利」と答えたのは高齢者で21%、障がい者で45%と高齢者と障がい者とでは権利意識などに落差があるようです。障がい者に比べて高齢者が「ニーズの主人公」「権利主体」としての「当事者」になっていないということがこのデータからも言えると上野千鶴子さんは指摘しています。

(引用及び参照:上野千鶴子(2011)『ケアの社会学』太田出版 第7章5 高齢者運動はあるかP165~)

 介護施設における理不尽な処遇、abuse(不適切介護)に対して異を唱える当事者及び家族は、まだまだ少ないですし、組織化されていません。権利を主張する家族はモンスター家族といわれて敬遠され、最悪の場合「もし嫌なら、施設から出て行っても構いませんよ。」と退去を促されることもあり得ます。

 ほとんどの介護施設には従業員の組合もなければ組織化された入居者の会や家族の会もないのです。入居者懇談会や運営懇談会、運営推進会議などの会議体があっても形骸化している場合が多いのではないでしょうか。
介護施設は、外部からの監視が弱いか、またはかなり監視体制が脆弱ぜいじゃくで、経営者・職員のやりたい放題となっている場合もあるのです。

 さらに、介護施設の閉鎖的環境は新型コロナ(COVID-19)禍によってさらに強化されたように思われます。

 介護サービス、介護施設の改善のためには「立ち上がれ老人たち!」と言いたいです。まずは、たとえモンスター家族、モンスター入居者と言われても主張すべき権利は主張し、是正すべきことは是正を求めることから始めることが大切です。

 「立ち上がらなくてもよいが、家族、知人らと一緒に声をあげよう!」


[1] 介護保険施設とは介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、介護老人保健施設、介護医療院、介護療養型医療施設のこと。


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