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活字は一日にして成らず

静かな図書館の閲覧席で、ウサギは絵本の世界に夢中になっていた。ふと、その手が止まる。「こんなふうに本を読むことができなかった時代もあったのよね?」
その小さな呟きは、軽やかな羽のようにふわりとカメの元へ届いた。

「15世紀にグーテンベルクが活版印刷を発明するまでは、本を読める人なんて、ほんの一握りだったんだろうね」 隣で静かに物語を読んでいたカメが、微笑んで顔をあげた。

「もし本がなかったら、何もかも口伝えになっちゃうわけでしょ? もし、私が伝える側だったら、きっと何かが抜け落ちたり、全然違うふうに伝わっちゃうわね」ウサギは小さな肩をすくめた。

「そんな活版印刷の仕組みを教えてくれる場所があるんだけど、これから行ってみない?」カメはどこか楽しそうにウサギを誘った。

市ヶ谷駅に降り立ち、足並みを揃えて歩く二人の前に、「本と活字館」が姿を現した。入口の扉を開けると、古びた大きな印刷機と無数の小さな活字が、まるで長い時間ずっと待っていたかのように二人を迎え入れた。

市谷の杜 本と活字館

「活字って、こうして一文字ずつ手作業で作っていくのね」ウサギは活字の並んだショーケースに顔を寄せた。

「アルファベットは26文字だけど、漢字は数が多いから作るのが大変なんだ。でも、ここには30万本もの母型があるらしい」カメは説明文を目で追い、驚いたように呟いた。

「作字」と「鋳造」の作業で文字を作る

「金属の活字ができたら、次は原稿に合わせて必要な文字を一つ一つ拾っていくのね。そして、それを文章の形に並べていくなんて、本当に気の遠くなるような作業だわ」

「文選」と「植字」の作業で活版を作る

「そして、いよいよ印刷ね」
ウサギはスタッフに教わりながら、自分の手で栞を一枚ずつ丁寧に印刷してみた。

卓上活版印刷機(テキン)

「これが活版印刷なのね。こんなに手間がかかっているのが分かると、これから本を見る目が変わるわね」 ウサギは、自分で印刷した栞をじっと見つめながら静かに呟いた。

右は印刷した栞

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