ちいさいおうち
夕立が降り始めた午後、窓を叩く雨音を聞きながら、ウサギの心は幼い頃の思い出へと誘われていた。野山を駆け回ることが何よりも好きだった彼女は、いつの間にかお洒落な街に憧れるようになっていた。
思いにふけりながら、彼女は部屋の隅にある小さな本棚から一冊の本を取り出した。それは、子どもの頃からずっとお気に入りの絵本だった。
物語の中で、ちいさいおうちは静かな田園地帯の小高い丘の上に建ち、四季の移ろいを感じながら幸せに暮らしていた。そしてウサギと同じように、遠くに見える街の灯りに憧れていた。
年月が流れ、ちいさいおうちの周りの風景は少しずつ変わっていく。かつて馬車が行き交った道は自動車で賑わい、親しかったりんごの木も姿を消し、その場所には新たな店や家々が建てられていった。
「ちいさいおうちは建物だから、都会に移動することはできないけれど、気づかないうちに周りが都市化されてしまったのね」と彼女は呟きながら、そっとページをめくった。
やがて、ちいさいおうちは都会の喧騒に飲み込まれ、住む人も居なくなり、その存在を忘れ去られてしまう。ちいさいおうちは思った。「街はあまり好きになれないな」と。
彼女はページをめくる手を止めた。
「人は失った時に初めて気づくのね。本当に大切なものに。ちいさいおうちにとってそれは、りんごの木だったの」
「今の私にとって絶対に失いたくないものは何かしら。お金?お仕事? それも大切なものだけど、一番失いたくないものではないわ」
「今のこんな気持ちを聞いてくれる人。その人は絶対に失いたくない。それは誰かしら...」彼女はしばらく、手の中にある絵本を見つめながら考えた。
「やっぱり一人しか思い浮かばないわね」
彼女は図書館の閲覧席で物語の世界に夢中になっているカメを思い浮かべ、そっと絵本を閉じた。
「待っててね」
彼女はためらうことなく降りしきる雨の中へと飛び出していった。
※ちいさいおうち
バージニア・リー・バートン 文・絵/
石井桃子・訳/岩波書店