逃げられなかった二人
図書館中庭のテラス席で目を細めて空を見上げるウサギは、春風に髪をなびかせながら、かつての冒険を、もう一つ思い出していた。「ポンペイの遺跡を訪れたときのことも忘れられないわ。火山灰に埋もれていた古代の街。あの時も私は、考古学者になる夢を膨らませていた」
カメは静かに彼女に視線を送った。「確か少し前に、ポンペイの遺跡で保存状態の良い戦車が発掘されたね。紀元79年のヴェスビオ火山の噴火により一瞬で火砕流の下に押し隠されたポンペイの街で、長い間、重い灰のベールに埋もれていたその街の秘密がまた一つ明かされたんだ」
「そう。私が見たポンペイの街は、噴火の時のまま時間が止まっていたわ。抱き合っているカップルの人骨を見た時はとても心が震えたの。きっと二人は震えているうちに埋まってしまったのね。そして唯一助かったのは刑務所にいた囚人だけ。何が幸いする分からないのね。そんな事を考えたことを思い出すわ」ウサギは記憶の糸を手繰り寄せながら、そっと呟いた。
「ギザの大ピラミッドとポンペイの遺跡を目の当たりにした時に、私は考古学者に憧れたの。隠された謎を突き止めたいと思った。その場所に足を踏み入れると、なぜかその気にさせられるのよね」ウサギの声はどこかしら軽やかで明るかった。
ウサギは話を続けた。「ポンペイを訪れた後、ナポリにも立ち寄ったの。よく言うでしょ?『ナポリを見て死ね』って。でも私、その風光明媚な景色よりも、頭上に張り巡らされたロープに万国旗のように並ぶ洗濯物が気になってしまって。一体誰が、どの家からそれを干したのかしらってね」彼女はそう言って笑った。
ウサギの好奇心は時間を経ても変わらず、彼女の中で今なお明るく輝いていた。そんな彼女を、カメは心地よく受け止めていた。春の青空がウサギとカメを静かに見守り、柔らかな日差しが二人を優しく包み込んでいた。