桜舞う夏の美術館
図書館の閲覧席でカメが静かに物語の世界に浸っていると、突然、フラフラとした足取りでウサギが現れた。
彼女は言葉を失ったまま、カメの隣の椅子に力なく座り込んだ。図書館の涼しい空気の中に、ウサギの全身から放たれる暑さが、そっと忍び寄るように広がっていった。
カメは「大丈夫?」と声をかけながら、彼女の目の前に、冷たいミネラルウォーターをそっと差し出した。
「その様子だと、かなりの涼が必要だね」とカメは呟くと、彼女の手を取り、そのまま電車に飛び乗った。
中目黒駅で電車を降りた二人は、目黒川を横目に見ながら、郷さくら美術館の「涼 - 夏を楽しむ現代日本画展」へと向かった。
館内には涼しげなアサガオや若竹が飾られていて、二人の火照った体をひんやりとした空気が優しく包み込んだ。
ウサギは一生懸命に笑顔を作ろうとしたが、その笑みにはぎこちなさが漂っていた。
「やっぱりまだ暑いの」と、彼女は呟いた。
カメは急いで場所を変えた。その先には、雪を頂いたマッターホルンと白神山地の涼しげなブナ林が、静かに描かれていた。
「これでどう?」とカメがウサギの様子を伺うと、彼女はやっと本来の笑顔を取り戻していた。「大丈夫、涼しくなってきたわ」と、穏やかな声で彼女は答えた。
ほっと一息ついたカメは、ウサギの手をしっかりと握り2階へと足を運んだ。その瞬間、満開の桜が二人の目を奪った。桜の花びらは静かに、そして優雅に舞い落ちていた。
「近くを流れる目黒川はお花見の人気スポットだけど、桜が咲いていなくても、この美術館ではいつでも桜を楽しめるんだ」とカメが静かに口にした。
ウサギは静かに頷きながら、桜が咲く季節のことを思い浮かべた。「今年のお花見は、確かまだ寒かったわね」と囁くように言った。
二人は外の暑さを忘れ、絵の中に引き込まれるようにして、いつまでも桜の美しさに見とれていた。