おすしが ふくを かいにきた
夕陽が差し込む窓際の閲覧席でカメが静かに物語を読んでいると、笑顔のウサギが息を弾ませてやってきた。
「やっと借りられたわ!」
ウサギが胸に抱えていたのは、「おすしが ふくを かいにきた」という絵本だった。彼女はカメの横にちょこんと座ると、そっとページをめくり始めた。
「このお話、『おすし』さんが服を選びにお店にいくのよね。『思い切ってトロにしようかな』って言ってたと思ったら、『やっぱりいつものタマゴにする』って。めっちゃ笑える!」
「しーっ。図書館では静かに…静かに…」
思わず声が大きくなったウサギは、慌てて手で口を押さえた。
「そっかー。この本に出てくるのは『おすし』さんだけじゃないのね。今度は『えんぴつ』さんが美容院に行くわ。ほら、見て!」ウサギは絵本を、そっとカメの前に滑らせた。
「カットされて、こんなにとんがった頭になったの。それでね、『思い切って赤に染めてみた』んだって。赤鉛筆の完成だわ」
「しーっ。図書館では静かにしなきゃね」
また声が大きくなってしまったウサギは、慌ててハンカチで口を押さえた。
「ここも傑作だわ。『ソーセージ』さんがどのパンを選ぶか迷っているの。食パン、バターロール、それとも無理やりサンドイッチに入るのかしら?」ウサギはくすくすと笑った。
「結局、『今ならマスタードもお付けしますよ』ってセールスマンの一言で決めちゃうなんて、ほんと優柔不断だよね。でも、まあ、その気持ち、わからなくもないけど…」
絵本を閉じて、物語の余韻に浸りながら表紙をぼんやりと見つめていると、ウサギはふと、カメがじっと自分を見ていることに気がついた。
「絵本も面白そうだけど、ページをめくるたびに君の表情が弾けるのを見るのも、すごく面白いよ」 その言葉にハッとしたウサギは、頬を夕陽のように赤く染めて、はにかんだ。「そんなに見つめられると、困っちゃうわ…」
「いや、別にそういう意味じゃなくて…」
カメが続けたその言葉は、もうウサギの耳には届いていなかった。
<おすしが ふくを かいにきた>
田中達也・作/白泉社