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神田元財務官が残した「日本経済の課題と処方箋」という遺産


為替介入ノーコメントおじさんこと神田元財務官が退任前に最後に残した報告書が秀逸です。

筆者は神田元財務官のことを存じ上げませんが、めちゃくちゃまともな人、というか、とても優秀な方が日本の財務官を務められていたのかと少し感動しました。

この記事では、神田元財務官が退任直前に残した「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」をなるべく原文のまま共有しながら、政府の中で何を捉えているのかを可能な限り嚙み砕いて紹介したいと思います。

本日は選挙も近いので堅い話です。

小難しい話に興味の無い人もいるでしょうが大事な話なので長いですけどお付き合い頂けると幸いです。

↓原文【「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」懇談会 報告書】
https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/councils/bop/20240702.pdf

まず、結論から書けば、政府や財界、金融関係者の中では今後の日本経済の行方に関し、かなりの危機感を感じており、今までの延長線上となる政策や各施策では日本が経済的にダメになるという認識は持たれているようです。

1.導入

・経常収支は安定的に黒字を計上し、2023 年度の黒字は過去最大

・33年連続で世界最大の純資産国
⇒項目別に見ると、黒字を計上しているのは第一次所得収支のみであり、貿易収支は赤字基調、サービス収支ではデジタル分野等の先端的な分野での赤字が拡大

・金融収支に関しては、対内直接投資は国際的に著しく低い水準

・新NISA の影響もあり、我が国の家計は外国株等の外国資産への投資増

・今後は、一段と少子高齢化が進展

当該報告書より

要するに、一定期間における日本と海外とのモノやサービスの取引、投資収益のやりとりなど経済取引で生じた収支は黒字で、さらに外国に世界で最も多くの資産を保有しているのが我らがジャパンだけど、輸出と輸入では輸入が多く(貿易赤字)、企業/個人問わず国内への直接・間接投資はかなり少ない状況(過少投資)で、さらに少子高齢化による生産人口減少でこの先ヤバいことになりそうじゃね?ということでしょう。

2.収支項目別の分析

(1)貿易・サービス収支
◆貿易収支赤字基調
⇒自動車に匹敵する黒字の担い手の不在
⇒鉱物性燃料の輸入依存(原発稼働停止の影響もあり)
⇒海外生産シフトに伴う産業空洞化

世界に誇る日本の付加価値産業は今や自動車(輸送用機器)や半導体製造装置(一般機械)くらいで、電化製品(電気機器)は中国や韓国に覇権をとられ、エネルギー(鉱物性燃料)や食品(食料品)の確保は諸外国に頼るしかない状況です。

内と外、という概念で考えると、生活必需品(食品や燃料)を輸入するならなるべく安く輸入した方が我々個人の家計にとってはプラスです。

しかし安く輸入しようと思えば、通貨(日本円)の強さ(円高)がポイントになり、円がこの先強含むのか弱含むのかによって、人々の生活に直結しそうですね。

一方、輸出により自動車産業などの企業が儲けやすいのは円安となります。


◆サービス収支赤字基調
⇒デジタル分野や研究開発関連といった先進的な分野、及び再保険等の金融分野は赤字が拡大

こちらも想像に難しくなく、あなたも私もiPhoneでGoogle検索をし、Amazonでお買い物、暇さえあれば自然と指先はInstagramを開いていて、仕事ではSalesforceでデータ分析をしながら、クライアント向けの資料作り。

時にはエクセル&パワポ(Microsoft)職人と化し、Zoomでミーティング、資料共有の際にはなんとなく「よいしょ」と言ってしまう。

仕事が終わればYouTubeを見ながら帰路につき、帰宅したらNetflixで「地面師たち」を見て、休日はSpotifyで音楽を聞きながら外出しているのでしょう。

日常にMade in JAPANが無さ過ぎて笑えません。

(2)第一次所得収支
◆第一次所得収支の黒字
⇒海外事業を拡大して現地生産を増やす日本企業の行動を反映し、海外直接投資収益の増加

日本企業は、海外収益も原資として「国境の外側」での事業を拡大する一方、日本が投資対象としての魅力に乏しいことを反映し、「国境の内側」での設備投資は長らく停滞

こちらの意味するところとして、日本企業は儲けの源泉を海外に見出し、工場や支社を海外に作り、海外の顧客にモノやサービスを売るという事を積極的にやっていながら、儲からない日本国内では設備投資や人的資本への投資は控える傾向にあるということですね。

報告書では下記のようにまとめられています。

「国境の外側」での投資を優先する行動は、個別企業にとっては合理的な経営判断であったかも知れないが、その結果、日本の「国境の内側」では、

① 設備投資が抑制された結果、国内設備のヴィンテージが上昇し、新しい技術を体化した設備の活用が遅れる

② 生産性が高い大企業が製造拠点を海外に移転し、これに伴い、大企業から周辺の中堅・中小企業へのイノベーション効果の波及が滞ったことなどから、生産性や賃金が低迷したと考えられる。

つぎに金融収支と財政に関して

(3)金融収支
① 対内直接投資
対内直接投資の推進は、イノベーション創出やサプライチェーン強靱化等の観点から重要であるものの、日本への対内直接投資は、対外直接投資よりも圧倒的に小さい

国際的に見ても、対内直接投資残高の対GDP比は、OECD加盟国中で最下位

背景としては、他国と比べ、成長性・収益性で見た事業環境が見劣りすることや、グローバル人材の不足を含め英語で事業を行える環境が十分に整備さ れていないこと等

② 証券投資
コ ーポレートガバナンス改革の進展等を契機に、海外投資家の間で日本株投資は増加傾向にある。

日本株の割安感がほぼ解消。一方、我が国の家計は、外国株等の外国資産への投資を増やしている

なかなか悲しいことが書かれていますが、特に異論はありません。

これらを踏まえ、今後の財政や政策をどのように舵取りするのかが大切で、以下のように報告書に記載されていました。

③ 金融収支から見た財政
金融収支の観点からは、次の 2 点が財政運営にとって重要である。

第一は、近年、海外投資家による日本国債の保有シェアや売買シェアが増加傾向にあることである。

国債保有者の多様化は安定消化に資するものとも言えようが、高齢化の進展に伴う国内貯蓄の減少や、大規模災害・安保環境の急変等に伴う財政需要の拡大等が発生すれば、今後は、国債売買を積極的に行う傾向のある海外投資家により多くの国債の消化を依存することになり得る。

第二に、新NISA の影響もあり海外への投資が増えていることは、これまで円資産を選好してきた日本人の投資行動において、ホームバイアスが弱まっていることを示唆している。

こうした傾向が続けば、国内金利が海外の高い金利に収斂し易くなる可能性があろう。

したがって、今後は、これまでのように、国債が国内において低金利で消化されることを当然視するのではなく、より高いリターンを求める国内外の投資家に促される形で、金利が一段と上昇する可能性に備える必要があろう。

これまでの数十年間と違い、長期的に見れば、日本の金利は緩やかに徐々に上がって行きそうな雲行きですね。

これまでの超低金利時代と違って、金利が上がっていく時代、我々は何をどう備えればいいのでしょうか?

教科書的には政策金利が上がるということは、市中金利(銀行などから借りる金利)も上昇しますので、企業も個人も今よりお金が借りづらくなります。

特に個人は家を買うなど大きなローンは組みづらくなるかもしれません。

企業は無借金経営だったり、潤沢な資金があったり、金回りの良い企業はいいものの、儲かってない企業や大手に比べ財務体力のない中小零細企業は淘汰が進む可能性があります。

一方、金利上昇下では預金金利も上がりますので、金利収入という点では多少恩恵があるかもしれません。

またこの先個人向け国債などにある時点で活用妙味が出てくるかもしれません。

併せて金利が上がると他国との金利差から円は相対的に強くなる傾向があるので円高方向に振れやすくなるかもしれません。

円高になると海外からの輸入の面では有利になりますし、海外旅行なども行きやすくなるので個人にとってはプラスかと思います。

株式に関して、金利上昇は教科書的には株価上昇に逆風です。

金利の上昇局面ではそれ以上に業績が拡大しなければ株価収益率(PER)は縮小していく(マルチプルコントラクション)ので、理論株価が下がります。

中長期かつ全体としてみれば日本の株式に投資妙味はあまりないのかもしれません。

とはいえ、この辺りは現在の株価評価織込み具合やマーケット参加者の期待など複雑に絡み合うので、率直に言えばこの先どうなるかは分かりません。

また金利が上がり円が高くなると輸出産業(自動車や半導体製造装置)の利益は減りますので、そこら辺の企業の株価は下がるかもしれません。

そんなこんなを考えつつ、我々は各々の状況に合わせて中長期的にそれぞれどう采配していくのか考えていく必要がありそうです。


3.処方箋

(1)新陳代謝の促進・労働移動の円滑化による生産性向上
今後、金利や賃金の上昇等を背景に、これまで温存されてきた、自力存続が見込めない低収益・低賃金企業の退出の増加が見込まれる。

これに対し、脆弱な個人を対象とした適切なセーフティネットを提供することは国の重要な役割であるが、現状維持を志向する政策は採用すべきではない

(2)人的資本への投資、技術の開発・活用
・人的資本への投資や技術の開発・活用を 促進

・再エネの拡大や安全確保を大前提にした原発の再稼働を進めることが喫緊の課題

・当面は、海外事業者によるデジタルサービスを活用する際に、付加価値の高い製品・サービスを生み出して、日本の産業全体の競争力を向上させ るといった視点が重要

(3)国内投資・対内直接投資の促進
・日本国内での投資が低迷してきた根本的な要因は、国内での投資から得られる期待収益率が低いと認識されてきたから

・成長分野は、個々の企業によるリスクを伴う投資により、生成・発展する ものである。不完全な情報しか有さない政府が成長分野を特定して、補助金等を通じて投資を誘導することは、モラルハザードやレントシーキングを助長するリスクもあり、慎重に考えるべきである。

(4)財政健全化
財政を強靭化することは喫緊の課題

・日本国債の格下げは、民間の資金調達コストにも悪影響を及ぼし得る

・我が国では少子高齢化が益々進展していく

・歳出の合理化・効率化や社会保障改革等を通じ、持続可能な財政構造の構築に早急に取組み、財政に対する市場の信認を確保

ゾンビ企業ブラック企業の自然淘汰容認、解雇規制緩和、原発再稼働、デジタル分野の国産化は諦める、補助金助成金は絞る、国債発行縮小、増税、少子化対策、高齢者医療3割負担、年金先送り等々、現在進めている政策と概ね一致するような内容かなと思います。

ただ、政府にできることにも限界がありますし、クリティカルな効果が期待できる抜本的な施策に関して、既に多数決では決められないところまで来ている気がしています。

様々な利害関係者間の調整と政治的なドロドロが複雑に絡み合いますからね。

その場合、独裁的な権力者が独断と偏見で決断するようなシステムでないと抜本的な施策投下は実現不可能でしょう。ただ、日本は独裁政治ではなく、民主政治です。

一方、若者が選挙に行ったところで残念ながらこの状況は変わらないでしょう。

50歳以上の成人人口が全体の60%の構成になっている日本で、かつ小選挙区制(勝者総どり)にて議員を選出する選挙システムはお年寄り受けの良い政策を掲げた人が選ばれる仕様なのです。

勘違いしてほしくないのは、現在のお年寄り世代(予備軍含む)を批判しているのではありません。

人は誰でも歳を重ね、老人となります。現在働き盛りの我々アラフォー組も、我々の子供たち世代も全員です。

誰しも歳を取れば、現役時代のように所得を得ることは難しくなるでしょうし、その時に自分の手元にある権益を捨て、すんなりと後人へ譲ることが出来るのでしょうか。

そもそも、いまの高齢者世帯や予備軍である40代50代世帯の多くに十分な金銭の蓄えはありません。持っている人は持っていて、持っていない人は持っていないのです。

貯蓄の平均値や資産の平均値データはお金を持っている人が全体を引き上げているだけです。

ただ、全世代のひとりひとりが自分たちの利益だけを考えていたら、この先の少子化も財政悪化も止められない。

筆者の予想としては、過半数以上の国民が、自分たちの利益を捨てて、死後の未来のための選択をするようになると考えることは現実的ではないと思っています。

従って、神田元財務官が残してくれたこの処方箋を、薬局で薬に変えて、国が服用することは、残念ながら難しそうだと考えます。

「民主主義は多数決ではない」ということも理解しています。

社会の構成員である我々一人一人が当事者として社会に参加し、社会をよりよくしていくために議論を深めることが大切だということも認識しています。

とは言え、現実問題を向き合うのであれば、我々は緩やかな社会の荒廃、経済の衰退縮小を覚悟して、受け入れる必要がありそうだと感じました。

ただ、「経済的な縮小=不幸」というわけでもないと考えていて、「そのような時代でどのように幸せになるか」ということを模索していくこともまた各々の人生を背負う個人としての責任だとも思っています。


おしまい

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