突然天国へ旅立ってしまったら、その後のSNS投稿はどうなるのだろう?
突然、重たいテーマをタイトルにぶっこんでしまいすみません。。。(;^_^A
あなたは、万が一のことが発生して自分がいなくなった後のSNSに扱いについて考えたことはありませんか?自分がいなくなる可能性がある状況でSNSはどうするか考えたことはありますか?
先日、飲み会の席で出てきた本投稿のタイトルのような会話が僕の頭から離れませんでした。
偶然にも、同じようなタイミングで見つけた本のタイトルがこれまた僕の目をくぎ付けにしたのです。
それは、『ネットで故人の声を聴け』~死にゆく人々の本音~という本です。
さらに、その一週間後くらいに自身が隔月で主催している読書会があったので、さっそくこちらの本を持参することに。
事前準備として、僕自身の問題意識や書籍の価値を整理しておこうと、要点をまとめて臨んだのです。
※読書会の模様は以下のとおり
今回は、この一か月ほどの間に立て続けに頭に火種として湧いてきた「死とSNS」についてお話ししたいと思います。
読書感想を記録的に淡々とまとめていきますね。
1.書籍のサマリーと著者
(1)サマリー
死に直面した人がSNSにどのような文章を残しているかを通じ、死と向き合う人の心情や残されたデジタル遺品の行方が書かれている本です。
①死に直面した人の心情や死との向き合い方
②ネットに残した文章はどうなっていくのか
2つの視点でブログから故人の生き様を読み解き、冒頭でご紹介した問題意識にドンピシャで答えてくれる内容でした。元々は東洋経済オンラインの連載を本にしたもののようで、15人の事例が紹介されています。
闘病ブログとして病死だけではなく、自死も含むテーマで、脚色なく、ブログを抜粋し、解説を交えながら投稿者の生き様や心理状況などが読み解かれていました。
(2)著者
著者は、主にネットと人の死の向き合い方を考える取材が多い「古田雄介さん:ライター・ジャーナリスト」という方で、ニッチだけど誰しもが向き合うことになる大切なテーマを扱っておられます。
2.なぜこの本なのか?
人とのご縁もそうですが、新しい本との出会いも偶然のタイミングということがよく起きます。
冒頭で少しご紹介したように、直接のキッカケは飲み会で出てきた、たわいもない雑談から。
この雑談が、もともと自分が持っていた問題意識の火種に着火し、何かのSNSで本のタイトルを目にし、手に取ることになったのです。
いつも印象的な本は、何かを得ようと思って強い意志から選んだ本ではなく、人に紹介された、自分の今の心境に書店で見たタイトルが刺さった、雑談で出てきたなど本当に偶然としか言いようがないキッカケが多いものです。
改めて自分の問題意識や深層心理をたどってみると、読書に際して新たな気づきもあります。
自分の持っていた問題意識は・・・
①人生の折り返し地点にいる自分
人生の折り返し地点を過ぎ(僕は今年で49歳になります)、まわりで病気や死が自然と増える年齢に差し掛かかりました。また、実際にまわりで死と直面する人を見聞きすることが増えてきました。
さぁ、残りの人生はどう生きようかな?
②生前整理でSNSの扱いは?
突発的なことが自分の身に起きた時用に身辺整理もある程度しておかなければ、残された家族は各種手続き関係が大変だよね?
これは父が亡くなった際に、各種整理や処分、あらゆる手続きの大変さに直面し、ずっと頭の片隅にあったことでした。
あれ?
一つ忘れているなぁ。。。
金融機関や行政の手続きは淡々と事務作業ばりにノートなどにまとめておけばよいものの・・・
SNSの扱いはどうしよう?
③最後のメッセージは何を?
仮に②のように、各種整理を事前にやっていても、突発的なことが起きたり、突発的ではないにしても死に直面した際に、黙って消えていくのか?
それとも、
何かメッセージを残すのか?
どんなメッセージを残すのか?
このように、普段から持っていた問題意識と本の内容がマグネットのようにくっつき選書に至ったというわけです。
3.この本が与えてくれる示唆
個人的に印象深かった点は多々ありますが、内容の紹介はネタバレになるので今回やめておきます。
それよりも、この本が僕に与えてくれた示唆を共有したいと思います。
主に3つの問いかけが自分に突き付けられた気がするのです。
(1)闘うか受け入れるか
特に闘病生活を投稿している人のブログはある一定パターンがあります。例えば進行がんでステージ4で余命を告知された人なら、当初はショックでヘコみつつ、いったん気持ちを切り替える心理が読み取れます。
必ず復活するぞ!病気に打ち克つぞ!と。
ところが、途中から弱気になったり、あきらめが入ったり、最後は自分の現実を受け入れ、死後のことを考えた整理を行い始める人も。
→ 自分は死に直面したとき、いったいどうするだろうか?
(2)死後のSNSの扱いをどうするか?
死が近づいている状況でSNSの管理をはじめ、誰にどう引き継ぐか?いやその前にSNSは閉じてしまうのか?
このあたりは真剣に考えたことがないけど、SNSの”生前整理”問題が意外にバカにできない大切な問題のような気がします。
なかには、親が1周忌や3周忌などのタイミングであいさつ文を投稿するパターンや善意ある主治医が引き継いでいるパターン、そして故人の意向で書籍にして出版するパターンなど人それぞれです。
大切なことは、どうSNSを取り扱うの前に、自分の死を受け入れ、旅立つ準備をする心模様なのですが・・・
→ 自分は極限の状況で、考えられるだろうか?
(3)SNSサービスは終了しないか?
SNSは永久には残らない。
これが現実なのでしょう。FacebookもInstagramもTwitterも、もちろんこのnoteも。。
事業会社が運営している限り、いつかはサービスの終了日がやってくるのです。これは動画でYoutubeにアップした場合でも同じことでしょう。
それでも何かメッセージを残したおきたいのであれば、SNSプラットフォーマーへの一極依存をやめて分散するという方法があるかもしれませんね。
だとしても、すべては極限状況の中で死までと、死後のことを考えていかなければいけないわけです。
→ 自分は極限の状況で、どうするだろうか?
こうやって、つらつらと重いテーマについて本の紹介とともに書き連ねてきましたが、自分の中で出てきた結論とは・・・
残された家族のために、僕はできる限り整理をしておきたい。
そして、何か自分が生きた証となり、なおかつ残された家族にも意味がある前向きなメッセージをつくりたい。
そのメッセージとは単なる作文と違って、自分の生き様そのもの、人生観や死生観そのものであろう。
つまり、常に物事は最悪のシナリオを考慮しつつも、自分なりの哲学をもって毎日を味わい尽くす生き方をしたい!
こうして本から読み取れることを自分の本質として昇華させることが、ノイズに振り回されないシンプル思考な生き方につながる。
という結論に至りましたとさ。
おしまい。
さて、今回の内容は
いかがだったでしょうか?
少しでもお役に立てば幸いです。
それでは、また会いましょう!
著者・思考の整理家® 鈴木 進介
P.S.
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