心に《Title 》を入力してください。
「あ。」
と車の中で声を上げたら、みんなが振り向いた。
「どうしたの?」
「ちょっと見たいものが見えただけ」
「ふうん」
車の中から私が見たものは、
きっとみんなには伝わらない。
うまく伝えられない。
だから私だけの発見を、
そっと心にしまい込んだ。
《Title》を見たのだ。
それは小さな本屋だ。
しぶい青色の中に浮かんだ
《Title》というアルファベットに
視線が吸い寄せられたのは、
偶然の幸運。
だって車は瞬間的に走り去るもの。
たまたまそちらへ目をやらなければ、
決して気づきはしなかったはずだ。
♢
だいぶ前のことだけれど、
本屋《Title》の店主である
辻山良雄さんのエッセイを読んだ。
綺麗な文章と深い言葉が、
ゆっくりと私の底に沈殿していった。
きちんと考えて、
少しずつちゃんと
成し遂げてきた人の言葉だと思った。
私もこういう文章で伝えられたらいいのに、
と、少し嫉妬した。
何も成し遂げていない私に書けるはずもないと、
わかってはいたけれど。
街から小さな本屋がなくなってゆく。
更地になってはじめて愕然とする。
申し訳ないような切なさが胸に広がる。
昔近所にあった個人本屋の年老いた店主は、
私がシリーズものの第三巻だけを注文したら、
全巻取り寄せて置いてくれていた。
「その後の巻もあったらいいでしょ?」
と。
本当のことを言うと私は三巻以外は
すでに持っていたのだった。
この「人の良さ」が仇になったのか、
店は程なく時代の波にのまれて消えてしまった。
♢
実際に店に足を運んで、
棚に眠る本たちを起こしてゆくことが
店を生かすのだと思う。
ならば足を運びたくなる本屋とは、
どんなものだろう。
目的の本を探しに行くわけでもないのに、
そこに行けば何かしらの
未知なる出会いがありそうだと
予感させる場所。
《Title》は、
他の店とはちょっと違う雰囲気があるようだ。
あの文章を書く店主がこだわった選書が、
特別たらしめている。
(1階は本屋とカフェ。
2階はギャラリーとなっている)
並ぶ本たちがとにかくすごく面白そうなのだ。
時々開催されるイベントも、
「いいところ」を突いてくる。
あなたの感覚に合いそうなもの、
ここにあるかもよ。
光る本棚に吸い寄せられて、
私もそんな風に本屋に呼ばれたいのだ。