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よだかの片思い。私の断片をひっぱり出す島本理生の世界。


不器用な恋を応援したくなるのは、そこに過去の自分の断片を見てるからかもしれない。

決して恋愛経験が多いわけではないけど、うっとりするような瞬間や、顔から火が出るような経験、胃の辺りがキューッと締め付けられるような出来事は、人並みにある。

そういうもろもろの、普段は忘れていた記憶のフタが、何かの拍子に開いていく。

そんな小説だった。

よだかの片思い


映画もあるんですね。知らなかった。

顔の左側に生まれつきアザのある理系女子大学院生のアイコ。
ひょんなことから知り合った映画監督の飛坂に恋をして、目まぐるしく変わっていく日常が描かれている。

印象的だった場面は2つ。

まずは、同じ研究室の原田くんとの会話。普通って何かを考えさせる。

「でも、僕は、こっちが了承もしていないのにETとか呼んだりする普通の人たちよりも、アイコ先輩はまともだと思いますけどね」 

「え?」

彼は右手の人差し指をこちらに向けながら、続けた。

「多数派って、ほとんどが自分で考えて答えを選んでるんじゃなくて、右に倣えの人たちですから。だから、ほら、ヒットラーみたいに口が上手い指導者が一人いたら、持っていかれちゃうんですよ。地球が回っているのだって、最初は誰も信じなかったし。だから、アイコ先輩の普通がなにを指すのかは知りませんけど、そんなに素晴らしいもんでもないと思いますよ」

p171


「普通」はみんなと同じだから安心してしまうけど、それは正解なわけじゃない。自分で決めているわけではないから、違ってた場合に人のせいにもできるし、そこに責任を持たなくてもいいから、楽だと思う。

でもそれでいいのか?ってなると、そうではないよね、きっと。

わたしは完全なる感情型なので、論理的な理系男子に弱いから、こんな風に諭されたら、一気に目がハートになるなぁって思った。 



もう一つは、やっぱり人を好きになるっていいなっていう、当たり前の感想。

ネタバレになるので詳しくは書かないけど、涙腺決壊したのはこの部分。


「あなたに出会ったとき、僕は夏の夜空を思い出した。
美しくてあまりに果てしない夜空を、その小さな体に抱いていた。
あなたの中の数えきれないほどの星に見守られて、僕は初めて泣いた。
そのことにどれほど救われたか、もっと声を大きくして、あなたに言えばよかった」

私は、夜空、と口の中で呟いた。
このアザを初めて異物だと感じた、琵琶湖だとからかわれた日の記憶が熱を伴って蘇った。
いつも、一方的な視線を向けられて、相手の好奇心や恐怖を押し付けられてきた。
だけど、それ以上に嫌だったのは、無視されること。見てみないふり。
だからこそ、ずっと破って欲しかったのだ。当たり障りのない距離感を。そして理解してほしかった。私の考えていること。感じていること。そして新しい世界をあたえて、この殻を破ってくれる誰かを、私はずっと待っていた。
今、やっと手を取ることができる。
形ある湖から、無限に広がる夜空になった、このアザと。

p224

アイコは、強い。
それは負けないからではなくて、ちゃんと起き上がるから。
自分の気持ちに正直だから。


同じ体験をしたわけではなくても、自分の断片を感じさせる何かがこの物語には詰め込まれている。

生身の体験を引きずり出してくるトリガーが、そこかしこに散りばめられている。



よだかの星。

理不尽さと歯がゆさと悲しさでいたたまれなくなった話だったけど、今読んだら何を思うだろう。

次図書館に行ったら借りてみよう。そう決めて余韻というあめ玉を、口の中でまだ転がしています。

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CHIHIRO|フィンランド好きの物書き
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