聞こえませ〜ん
スーツ姿の男性。細身。アラフィフ?くらい。
トレーに申し込みカード、お金やらを置く。
『ごにょごにょ ごにょごにょ ごにょごにょ…』
あたいはな〜んにも聞き取れなかった。
『はい?えっ?ん?すみません、もう一度よろしいですか?』
『5回…ごにょごにょ ごにょごにょ ごにょごにょ…』
『えっ?5回?なにをですか?』
プイっと、ほんとにプイって音がしたかとおもった。
無言で無表情でプイっとお客さんは行ってしまった。
怒ったの?だって聞こえなかったから…
なんて言ってたんだろう?マスクだから余計に聞き取れなかった。
『5回… ごにょごにょ…』
お経みたいだったなぁ…
後日、先輩に、プイっと帰ってしまったお客さんの件を話してみた。
『あー、あの人ね』先輩はため息1つついて、うんざりした顔で男性のことを教えてくれた。
『あのお客さんはねぇ、カードを5回通してくれ、数字が見えない様に裏返しで置いてくれ、ポイントはそのまま貯めておいてくれ、当たりますようにって言わないでくれ!って一気に言ってるのよ』
『へぇ〜、注文多いですねぇ(笑)全く聞き取れませんでしたよ』
『あのね、ほんっとに!この仕事しているとね、いろんな人を見ることになるからねっ!』
ベテラン先輩は強く、そして吐き捨てるようにそう言った。
『買わずに帰ったってことは、怒ってしまったんですよね?』
『あ〜大丈夫!大丈夫よ!また来るから。
あーゆう人はね、買う場所を変えないから。めんどくさいけど、覚えておいてあげて!』
そんなものなのかぁ…
そして後日。件の男性がやって来た。
この人がこれから言うセリフはインプット済み!耳をダンボにして聞き取りに専念してみよう!
ふむふむ、なるほどね。
先輩からレクチャーを受けている私には余裕がある。
はっきりとは聞こえないが、教えてもらった通りのことを言っているようだ。
けどね、あなたの喋り、早いんだな。
早口言葉のようなお経のような…
(はいはい、カード5回通す、クジは裏返し、ポイントはそのままで、当たりますようには言わない!でいいんだよね!)
この人がスタバやサブウェイで注文するのを聞いてみたいなぁ。
友達だったら、赤巻紙青巻紙黄巻紙って言ってもらいたいな〜。
ふと、そんなことを思いながら、男性の背中を見送った初夏の夕暮れでした。
読んでいただいて、ありがとうございます。