媚薬の効能~一杯目のコーヒー その手をとって 第二話
最近、東国でも、特別調剤師試験が、解禁になったらしい。現役の薬剤師は勿論のこと、薬学部の人間がこぞって、受験を始めるが、これがなかなかの難関らしい。
現在は、ランサムと、素国の二人しか、調香・調剤師が取得していない資格だという。スメラギに関しては、王宮の御殿医が取得していたが、先のクーデターで亡くなられたそうだ。今回、スメラギでの後任の選出に合わせて、かねてから、検討していた、東国での初の試験となるという。枠としては、各国に一人だけということだから、当然、難関ということになる。
調剤師の親友が、ちょっとしたものをくれた。インクレイズαという調合枠に当たる軽いドラックである。合法とされるものの、東国ではまだ、市場に出回っているものではない。俺は、詳しくは知らないが、インクレイズαまでは、現役の調剤師ならば、配合可能な上、国の衛生省及び、国際衛生局の許可は、要らないそうだ。
コーヒーを淹れ、その中に、粉末を落とした。片方のカップに・・・。
インクレイズそのものは、催淫剤である。市販されているものもある。それに、少しの眠気を誘うものが入っているという。つまりは、睡眠薬なのだが、双方の分量は1/2で、規定より優しいものである。要は、媚薬系、少し、そんな雰囲気を誘うものなのだそうだ。
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「実験済みだから」
「・・・は、何?」
「やる」
「え?」
「試してみ?・・・いるんだろ?」
「要らないよ、訳、解んない薬なんて」
「じゃないって、居るんだろ、って言ったの」
「渡会」
「三次まで行ってるから、試験。黙って使ってヨ。受かったら、もっとヤバいの調合するから」
「悪い奴に、刃物を持たせるような話だな」
「はい、どうぞ。ポケットに入れたからな」
「おい、いいって、こんなの、渡会・・・」
ヤバい感じの白い粉だ。マジかよ。
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「なんか、お邪魔する形になっちゃって、すみません」
「雪も降ってきたしね」
「・・・コーヒー、良い匂いですね」
「これぐらいかなあ、出せるものなんて」
「すごい、美味しそう」
「どうぞ」
「遠慮なく、いただきます。ああ、あったかい、ですね・・・」
カップを口元に運ぶ。ああ、飲んじゃうんだ。いいのかな。何の疑いもなく。少し赤い唇が尖って・・・歯ブラシを咥えると、ああいう風にすぼむのかな・・・、啜り上げて、口に入り、・・・あ、今、飲み込んだ。間違えなく、嚥下した。
「美味しい・・・ですね。ミルから挽いてるなんて、本格的ですね」
「休みには、喫茶店に行かなくなりましたよ」
「コーヒー、本当にお好きなのね」
ラッキーなのかも。外は、かなりのスピードで、雪が積もってる。大雪警報の通知が、スマホに送られてきたのを、それぞれが確認した。
「積もる予報らしいですね。もう、外が真っ白だ」
「確かに、寒いなとは思ってたけど・・・さっきまで、気配すらなかったのにね」
「明日の予報が前倒しになったみたいですね」
脚を、少し崩し、座り直した。正座に近い状態で、ソファを背もたれにして、直接、床に座っていた。俺が、同様に胡坐を掻いて寄りかかっていたからだろう。真似て、そのようにしてくれたようだ。
そもそもが、トロンとした目というか、たれ目気味なのかな。眠そうにはしていたんだ。飲みの席で、それで、少し泣いて、目が赤くなってる。俯いている。
「気持ちの方は、落ち着きました?」
「すみません、大丈夫です・・・でも、近道って、ご自宅だったんですね」「そうです、ね。いやあ、コーヒーなら、これがいいかなって、駅よりの店は、チェーン店しかないしね」
「これだったら、喫茶店要らず、ですね。家でのんびり、飲みたいですよね。わかりますよ」
「雪、積もったら、あれだな・・・後で、車にチェーンつけて、ああ、そうだ。貸したままだった。しまったな・・・」
不思議そうな顔で、俺を見ている。泣き腫らした目が、いつもと違う感じで・・・、それでも、先程に比べれば、随分、落ち着いたようで、穏やかだ。
「あ、すみません。車で送ろうと考えていたんですが、チェーンを去年、友人に貸して、まだ、戻してもらってないこと、忘れてた・・・うっかりしてたなあ・・・」
今、何時だろう?彼女は、ターミナル駅の向こうに住んでいるんだよな。だから、電車でなくて、そもそもが、バスか、タクシーで帰る筈だ。
「電話して、車で迎えに来てもらいます。ちょっと、かけてみますね・・・」
ご家族か。まあ、それなら、それなり、なんだろうな、今日は。
「そうなの?どこにいるの?・・・そう、戻れないわけね、解った。それなら、お互いに安全な所にいた方がいいわね。芽実には?解った、お願いね」
通話が終わった。
「大丈夫ですか?」
「上の娘も車で移動していたんだけど、足止め喰らってしまって、出先で泊まるそうです。下の子は家にいるみたいで、無事なので、そちらへ連絡してくれるそうで、ちょっと、LINEだけ・・・」
彼女は、お嬢さんに連絡を入れているようだ。
数年前に、ご主人を亡くされて、今、お嬢さん二人と、三人で、駅向こうの新興住宅地に住んでいると・・・これも、渡会の情報だ。別に、調べたわけじゃない。車が動けば、2、30分ぐらいで、帰れる距離の筈だから・・・。
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「いいじゃん。あの感じ、いかにもー、って感じじゃんか」
「どういう意味だ?」
「未亡人・・・ちょっと、影もある感じが・・・」
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・・・にしたってだ。何となく、気づいてた。ここ数年の貴女の感じ。そういうプロフィールとも知らずにいて、最近、その辺りのことを知った。周囲も同時に知ったようで、まあ、秘密にしていたわけでもないんだろうけど、そんな感じになったんだろうな。
夜の飲み会の席に、彼女が少しずつ、顔を出すようになった。誘いそのものが増えたんだろうし、彼女にしても、時間経過で、気持ちにゆとりというか、自由度も増えたのではないだろうか。勤めにも慣れ、お嬢さんたちの年齢とも、関係してるのかもしれないけど。
なんて、俺も、良心的に見ていた。でも、知ってしまったんだ。
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「卯月さん、卯月さん」
「あ・・・ごめんなさい。なんか、すごく眠くて、お酒の所為かしらね」
「いいですよ。それより、寒いから、きちんと寝た方がいいですよ。ベッド設えたんで、そっちに行きましょう」
「でも・・・」
「ああ、気にしないで。俺は、ここで休むんで、向こうでどうぞ。一応、シーツと枕カバー、取り換えたから、綺麗にしました。大丈夫だと思うけど」
転寝から、目覚めた彼女は、ゆっくり身体を起こす。何のことはない、7、8分、寝息を立てていた。下を向いて、ソファに寄りかかったまま。まあ、その間、多少、遠慮なく、その姿を見させてもらってはいたけど・・・。このまま寝ちゃって、風邪ひかせても、可哀想だしね。あったかい所で、休んでもらおうとね。
「こっちに。どうぞ」
「あ、すみません・・・、いいんですか?」
そういうと、ちょっと、ふらつきながら、立ち上がろうとする。よろめいたので、身体を支える。・・・これ、脚に来るやつ、なのかな・・・?ヤバい、んじゃないの?
「なんか、ごめんなさい。こんなに眠いなんて」
「疲れてるんですよ。なんか、辛いこともあったみたいだし、そんなこともあるでしょう」
「すみません、何から何まで・・・」
「いいですよ。支えますから、ゆっくり、立ち上がって・・・」
「もう、お婆ちゃんみたいね。クスクス・・・」
ん・・・。これ、意図的だな。予防線のつもりかな。
「そんなことないですよ。卯月さんがお婆さんなら、俺もお爺さんになっちゃいますよ」
「えー、穂村さん、私より、若いでしょ?」
「え?」
「10歳ぐらい」
「んなわけないですよ。おない年ですよ」
「えー、嘘ぉ・・・そうなの?って、私の齢、知ってるの?」
「えー、まあ、ああ・・・」
「・・・あ、そうだったわ、総務だもんね、穂村さん」
そう、なんだけどね。履歴書とか、書類あるから、見たんだけどね。そんな感じかなあ、と思ってたけど、本当にそうだった。ちょっと、見る目が変わったんだよね。結婚が早かったらしいから、イメージより、大きなお嬢さんがいる、って印象なんだよな。いても、中学生ぐらいかな。そんな感じだから、知った時は驚いたけど。
「いいのかしら・・・はあ、冷たい」
「ああ、今、部屋、温めますから」
「ベッドね、入った時が、ひんやりしてるのよね」
「そうですね。この時期、そんなもんですよね」
温めましょうか?いいですよ。隣に行きますけど。喜んで。
「穂村さんは、あちらで、掛けるものはあるの?」
「ああ、毛布、もう一枚あるんで、それで大丈夫ですよ」
「寒いわよ、ここの一枚、持っていった方がいいわ」
んなら、ご一緒がいいですよ。どっちも寒いですよ。って、俺の知る限りだと、あれでしょ。今日、もしも、俺が隣にいったら、俺は、サードだなあ。第三の男だろ?違うのかな?いいじゃんか。年上に、年下、俺が来たら、同世代だ。コンプリートじゃんか。あああ、中の一枚の毛布抜いてる・・・。こういう動きが早いのが、主婦なんだろうな・・・。
「ああ、いいですよ。そんな、これだけじゃ、むしろ、卯月さんが寒いですよ」
「申し訳ないけど、このまま寝ますから、着てますし、これ、どうぞ・・・なんて、貴方の家なのに、すみません」
「うーん、寒いですよ」
ベッドは、その実、セミダブルだ。そこそこ、体格の良い俺にとっては、これは必須だったから。まあ、なんというのか、二人で寝られないことはない。ぴったし、くっついて寝るには、持ってこいなのだが、こんなに寒い雪の夜には、特に。
「あ、逆がいいのではないかしら?私がソファで、やっぱり」
眠気は飛んでしまったのかもしれないな。1/2のインクレイズは、働いてないのかな?そういうと、動き出そうと、ベッドから降りて、立ちあがった。反射的に、俺は、ドア前に立ちはだかる形になってしまった。
「え?」
「あ、いや、気を遣わないで、ここで休んでください」
「でも・・・」
んー、どうすんだ。後、少しじゃないか。こっちで眠ってくれるようにすれば、よかった。いずれにしても、彼女を向こうに、で、自分がこっちで寝られる筈もない。俺にだって、良心がある。
(・・・何の弁解だろうか?・・・多分、言い訳だろう・・・)
「わかりました。甘えます。すみません」
折れてくれたぞ。ひとまず、これでいい。
この後だ。・・・皆、どうしてるんだ?
多分、だから、ダメなんだろうなと思う。セカンドだろうと、サードだろうと、関係ないから、動け、と、渡会が背中を押してくれた。気に入れば、順位は簡単に入れ変わる筈だからと。
「別に、いいんじゃないの?要は、お相手も独身と変わらないんだぜ」
「いるらしいから」
「男が?」
「まあ、そういう感じ」
「関係ないんじゃないの?もう小娘でもないんだしさ。そんなの当たり前なんじゃないかな?」
「当たり前、なのか?」
「良い女じゃん。モテるんだろう、当たり前だよ」
「渡会?」
「馬鹿。俺はタイプじゃない。でも、あの感じに釣られてるのが、いくらかいるのは解る」
「情報、あるのか?」
「興味ないから、知らないよ。・・・探ってみるか?」
「まあ、いいよ、そんなの・・・」
渡会は、如才ない。確かに、特別調剤師資格試験を受けようというぐらいだから、頭は切れる。俺より、見た目もいいし、モテる。会社の医務室付きの薬剤師で、たまたま、懇親会で隣の席になり、よく飲みに行くようになった。以来の親友というか、悪友というか、そんな感じだ。医務室は、色んな人が利用する関係で、社内の情報は、なんとなく、掴みやすいと言う。
「いいよ、調べといてやるから、頑張れ」
この先、どうする、なんて、みっともなくて、聞けない。まあ、ここまで、どうするかは、渡会のシナリオで、そのまま、やったら、ここまで来た。
「後は、どうにかなるだろう。頑張れ」
まあ、そういうことなんだろうけど。って、俺は、ドアを閉めて、リビングに戻ってしまった。でも、いくらでもチャンスがあるってことだ。却って、泊めといて、放置なんて、失礼なんじゃないか。解ってて、そのつもりで、ついてきてるんじゃないか。じゃあ、あの上司とは?あの思わせぶりな後輩とは?どっちのことで、泣いてたんだ、今日は・・・って、聞けばいいじゃんか、それを。それで、慰める。「止めた方がいい、そんな男は」と言う。ああ、そうだ。風呂を沸かそう。本当に、俺はどん臭い。さりげなく、準備は進めておけと、渡会に言われていたのに。
「ふー、あ、着替えが部屋の中だ」
嫌でも、寝室に入らないとだな。ノックして・・・
あ、室内ライトが、常夜灯になってる。まあ、そうだよね。寝るんだから。
「失礼します。すみません。ちょっと、物を取りに、入ります」
寝てるみたいだな。良かった。ベッドの奥にある、クローゼットを開けて、畳タンスから部屋着と下着を取りだす。やった。取り出せた。馬鹿。勢いで、クローゼットを閉めて、音を立ててしまった。振り返る。寝ている。大丈夫・・・。
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「お風呂、上がられたんですか?」
えっ?あああ、見られてしまった。まあ、普通のスウェットの上下で、風呂上がったら、緊張感もどっかに行ってしまった。こんなんじゃ、ダメだな。
「あの、私も、いいですか?頂いても・・・やっぱり、寒くて、目が覚めて・・・」
え?あああ、そうなんだ。ああ、もう、風呂には用がない、と思って、そのままにして・・・
「ああ、ちょっと、待ってて、お湯流し始めちゃったかなあ・・・足してきますね」
わああ、そんな展開・・・一応、綺麗にしといたんだよなあ。ああ、大丈夫かな。シャンプーに、リンス、・・・まあ、普通のだから、女性でも大丈夫かなあ・・・、で、バスタオル、置いておいて。
「どうぞ、置いてあるもの、何でも使ってください」
タオルも要るよな。あと、ドライヤーか、・・・うーん。
「すみません。お借りしますね、寒くって・・・」
だよね、毛布抜いたんだからな。んー。ご自分でね。脱衣所のドアが閉まった。何となく、口元が緩む。正直だな、俺も。
~つづく~
みとぎやの小説・連載中 「媚薬の効能」その手をとって 第二話
これは、サイテー、頂けませんね・・・ダメな奴ですね💦
・・・お読み頂きまして、ありがとうございます。
外は雪。タイムリーな時期ですね。
・・・人肌が恋しい、そんな冬の過ごし方の一つ、
になりにけるかもしれません・・・
第一話は、こちらです。未読の方は是非、お勧めします。