守護の熱 第二章 第二十五話 急襲
夏の大三角形、今夜は、この場所から、バッチリ見える。絶好の撮影と観測日和だ。
なんとなく、先日、坂下に行ってから、不思議と、清乃とのことは、少し、落ち着いてきた感じがした。前回に会えなかった二か月間よりも、何となく、しっくり来たというか、清乃のことを考えると、安心感が伴って来たような感じがしてきた。
こういうのを、なんというのか、付き合っているとか、そういう状態のことなのか・・・。清乃は、俺にとって、確実な存在になった、というか・・・。整理がついたというか、改めて、そんな認識になったからなのかもしれないが。
カメラを設置し、望遠鏡を覗きながら、星を眺めながら、同時に、そのことを考えていた。なんか、満たされた感じがしていた。バイトも、受験勉強も、そして、俺が今、やっていることは、なんとなく、順調なんだな、と、確信した。耳元に、蚊の飛ぶ音が過った。
「刺されちゃうから、点けようか」
清乃だったら、そう言いながら、綺麗な指先で、緑の渦巻きのそれを、器用に設えて・・・、そんな妄想までしてしまう・・・俺は、蚊取り線香に、火を点けた。
そんな至福の時間は、そう続かなかった。
この後の出来事。
自分では、どうにもできない。蚊に刺されたくなくとも、刺されてしまう・・・ああ、そんな喩えなんかじゃなくて・・・、いつの間にか、自分の領域は浸食されている・・・とにかく、良しとはできない。
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夢中に望遠鏡を覗いていたから、気づかなかった。頭の中では、そんな自分への確認作業が巡っていて、その最後には、迂闊にも、ゆるりとした感じで、頭の中に、清乃とのことが、具体的に、浮かび始めていた。家でも、こんなことはなかったのだが、・・・この時の俺は、なんとなく、油断していた。
瞬間、ふと、背後に、気配を感じた。この山中でも、流石に、最近では、狐狸の類は、最近は見ないらしいから、猫か、烏が、持ってきた、夜食代わりのクラッカーを狙って来たのかと思った。
「・・・え?」
小さな声が、謝ってきた。聞いたことのある、少し、震えた声だった。
「ごめんなさい。・・・やっぱり、お邪魔しちゃったみたい・・・」
ああ、やっぱり、そうか、・・・なんで、また・・・。
「ごめんなさい・・・言ってないから、誰にも」
荒木田実紅だった。つい、俺は持ってきた時計を見た。こっちとしては、観察を始めたばかりだが、・・・八時過ぎだった。
「・・・夜、一人で、山の中に来て、大丈夫なのか?」
すると、恐縮するような表情が、立ちどころに済まなそうな笑顔になった。それが、あの芝居じみた張り付いたような笑顔(言い方が悪いが、本当にそう感じていたので)ではないのが解った。とにかく、本当に、済まなそうにしているのは、解った。
「本当に、ごめんなさい。来ちゃって。秘密の場所なんだよね?ここって」
「え・・・ああ、まあ、そうだけど。特に、誰にも聞かれないし・・・なんで、ここを?」
「怒るよね・・・きっと」
ああ、また、まどろっこしいやり取りが続くんだろうな。
「尾けたの。だいぶ前に。羽奈賀君と二人で、ここに来るの、知ってたの」
え?・・・ってことは・・・?・・・1年以上前の話じゃないか。
「うん、でも、言ってないから。ここが、大事な場所だって、羽奈賀君と話してたのも聴いたし・・・」
なんてことだ・・・。まあ、これまで、確かに、他の誰にもバレてる気配はなかったが。
「・・・ごめんなさい」
「帰った方がいいよ。夜だし」
「うん・・・あの、これ」
坂下の販売機のりんごジュースを差し出してきた。って、両手に1本ずつ持ってるが・・・。
「え」
「別に、ジュースで許してもらおうとか、じゃないから。怒っていいよ。実紅が、我慢できなくて、こんなことしてるから。羽奈賀君が羨ましかったの」
「・・・」
「ごめんなさい」
「あ、ああ、いいよ、大丈夫」
「ほんとに?」
実紅は、満面の笑みで、ジュースを押し付けるようにして、俺の隣に来た。しかし、なんで、今になって、こんな・・・?
「来てみたかったの、雅弥君と一緒に、星の観察」
「・・・じゃあ、ジュース、貰うけど」
「うん」
「ありがとう」
近い。ジュースを俺に渡す為にか、敷きものの上に膝をついてきた。仕方ないので、自分の使って居た座布団を、彼女に渡して、座れるようにしてやった。
「いいの?」
「まあ・・・」
「嬉しい、ありがとう、雅弥君」
得意の小首を傾げるポーズをした。癖なんだろうな。わざと、という感じもしなかった。
「雅弥君が優しいの、知ってるもの、実紅。皆の前で、付き合ってないのに、優しくしたら、実紅が傷つくから、わざと、冷たくしてるのも、解ってたから」
何やら、始まった。今まで、溜め込んでいたものを吐き出すように、少し早口で、喋り出した。
「こんなにお話したの、始めてかも」
まあ、そうだろうが・・・。それにしても、近い。小さな敷物で、羽奈賀と座った時も近かったが、こんなに狭くは感じなかったが・・・。
「二人の時は、優しいんだ、やっぱり」
急襲、と言ってもいい。完全に、俺の至福のペースは崩された。
「秘密にするから、この場所も、今日のことも。そしたら、雅弥君、困らないよね?」
・・・なんとなく、良いように持ってかれているように感じる。どうするか・・・?
「まあ、そうしてもらえると有り難い。申し訳ないけど・・・。ああ、せっかくだから、これ、見てみるか?」
「いいの?」
「うん、今、丁度、夏の大三角形が、よく見えるんだ」
「ありがとう、じゃ、見せてもらうね」
一通り、説明をしてやると、受け答えから、今までの誰よりも、知識のある見物客だった。確か、成績も良かったから、そういう感じなんだろうが。
「・・・嬉しい、こうやって、雅弥君と二人で、星、見たかったんだ・・・去年だったら、もっと良かったのにな、でも、その時は、ここに、いつも、羽奈賀君がいたから」
すると、彼女は、望遠鏡から、目を外して、俺の方を見て、繰り返し、呟いた。
「去年だったらなぁ・・・」
それって、どういう意味だ?まあ、また、何か、色々と余計なことを言い出したか?それよりも、早く、帰らないと、それこそ、遅くなると、二人でいたことが、人に知られることになりかねない。
「ああ、そろそろ、遅くなるから・・・悪いけど、俺は、今夜、これ撮りたいから、ここを離れられない。気を付けて、早く、帰った方がいい」
「・・・うん、そうだよね。わかった。見せて貰って、ありがとう。ジュース飲んでね」
「ああ、ご馳走様」
「言わないよ。絶対に・・・だから、また、来てもいい?」
「え?」
ああ、そう来たか・・・やっぱし。しかし、俺の顔色を見たのか、ハッとした様子だ。
「嘘、もう、来ないから、心配しないで。・・・だって、辻君、ここに来るの、もう一つ、理由があるんだもんね」
え?
「じゃあ、帰るね。ありがとう。見せてくれて。嬉しかった。・・・ありがとう」
~つづく~
みとぎやの小説・連載中 「急襲」 守護の熱 第二十五話
お読み頂きまして、ありがとうございます。
予測は、皆様の思った通りかもしれませんね。
すると、この後は・・・次回をお楽しみに。
守護の熱 第一章、第二章は、こちらのマガジンから読めます。
未読の方は、こちらから、お勧めです。