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頼まれごとは、生涯一の仕事 その一     艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記篇~第一話

 一応ね、ここまで、纏めたんだよ。
 でも、歯抜けで、繋がらない。
 少しでも、ぞんざいに扱ったら、解けて、ほぐれて、風に乗って、どっか行っちまいそうだよねえ、これさあ、仙吉さん。

 でもさ、何とか、読める所までは、書き起こしたんだよ。
 これを、全部、纏めて、後の世に遺そうってぇのが、仙吉さんの望みなんだ。

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「どうもなあ、この、絡繰りとか、弄ってるのはいいんだがな。こういう、ものの本を、じっくり読んだり、書いたり、あんたみたいなことするのは、性に合わねえみたいなんだなあ・・・良かったら、これ、読み解いてな、大事なことが、書いてある」
「そうなのかい?そんなに大事なのかい?」
「まあ、大事じゃないことは、書いてないな」
「・・・ってことは、全部が、大事ってことじゃあないか、」
「まあ、だからな、これを持ってることも、人に知られちゃあ、いけない」
「・・・そうなのかい?」
「うん、あんた、黒墨だろ?」
「え、・・・」
「解るんだ。こうやって・・・」
「ちょ、ちょっとぉ、今、大事な話中じゃないか、やめとくれって」

 びっくりしたんでもないけどさ、別に、気に入りで、そういう仲だからね。襟の合わせを引いて、鳩尾の辺りに、耳を当ててる。

「息吸って、吐いて・・・もう一度、・・・うん」

 慌てて、居住まいを直す。

「なんだってんだい?仙吉さん」
「あんた、黒墨だ。肺に巣食っとる。・・・心に留めておきなさい。未だ、ほんの少しだ。黒墨は、治し方がまだ、わからん病だからな」
「え、・・・そんなの、聞いた事ないよ」
「うん、素の国や、藍の国で、少しずつ、この病に罹ったもんが出とるらしいが・・・」
「すごいねえ、なんで、知ってるんだい?仙吉さん」
「うん・・・まぁ、これ、やっとったら、黒墨の進みは遅くなるから」
「え、どういうことだい?」

 その黒墨って病のことも、本当になっているのかどうかも、解らないけど・・・。

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 そう、あの時、そう思ってたのが、十五年経つうちに、少しずつ、咳が酷く出て、だるくなったり、熱が出たりと、色々と、徐々にね、上手くいかなくなってさ。つい、こないだまで、寝込んでいたって、寸法なんだけどね。
 ケンさんにも、なんか、黒墨だって、バレてたらしくて、心配して、通ってくれてさ。所帯持ってからもね。

 忘れちゃいけない、約束を果たさないと。それが、きっかけだったよ。元気になって、頑張ろうってね。

 まずは、庵麝先生に掛かった。やっぱり、黒墨って言われた。庵麝先生はね、背中に耳をつけて、聴くんだけどさ、・・・ああ、まあ、そんなことは、どうでもいいんだったね。薬のお蔭で、少しずつ、動けるようになった。結局、熱冷ましや痛み止めで、辛さを止める薬だったけど、最近は、結構、いいんだよね。

 だから、ちょっと、本も書けたし、絵もね、庵麝先生が買ってくれてね。まあ、その為に描いたんだけどね。大掃除もできたし、力がついたから、あれから、よく、散歩して、歩いてる。庵麝先生が、手を引いてくれるからね。

 一応、路銀ができて、歩いて、足腰の鍛錬も、だいぶ、進めているからね。纏めて書いた、あの文書もんじょの、穴空きのとこをね、埋めていかないとね・・・それがね、段々、気になってしょうがなくなってきてさ。

 いやね、最初は、なんだってんだ、と思ったんだけどね。この文書に触れたり、これを写し書きしてるとね、仙吉さんの言った通りなんだよ。
 夢中になってるとさあ、咳もしなくなって、熱も出なくなった。こりゃあ、薬のような不思議な文書だねぇ・・・。

 それもあってか、やっぱり、頼まれた約束はね、果たさなきゃいけないと思ってさあ。仙吉さんの頼みだからねえ、十五年も過ぎちまったから、さすがにもう、約束、果たさないとねえ。

 これをね、ケンさんとか、庵麝先生とかに話そうと思ってるんだけどね。なんて言うかねえ、少し、言いづらいねえ。まさか、こんなこと、考えてるとは、思ってないだろうからねぇ。

 こんな時に、ケンさんとかね、運よく、きてくれないもんかねぇ。

ドンドン、ドンドン、

 あ、来た。すごいねえ。

ガラガラ、ガラガラ、

「なんか、御用聞きが、ウロウロしてるんだけど。ああ、師匠、こないだは、ありがとうこざいました」
「ああ、ケンさん、いいとこに来たねえ、井筒屋の団子、食べるかい?」
「お、団子、買い忘れて、丁度良かったです」
「あ、そうかい、お茶、淹れようかねえ、」
「ああ、あっしが、淹れますから、師匠は、座っててくださいって」
「いやねえ、たまにはねえ・・・」
「師匠、・・・どうしたんですかい?」
「え?」
「そわそわしてますけど・・・何か、あるんですかい?」

 ああ、勘が良いねえ。あるんだよ。

「あ、あのね、」
「そうだ、師匠、あっし、まずは、御礼を申し上げにきやした」
「あ、そう、何の?」
「先日は、北睦きたむつから、おっかさんを呼んで、こちらにも寄せて頂いて、長屋の皆さんと、宴を開いて頂いて、とても、楽しかったと、あの時も、涙を溢して、喜んでくれてね、本当に・・・」
「あああ、ケンさん、あのね、その、おっかさんに、も一度、会いたくないかい?」
「え、そりゃ、会いたいですけど・・・」
「そう、だよねえ・・・あはは」

 でもねえ、研之丞には、あれ、芝居小屋があるからね。
 甘いこと、考えてるんじゃないよ・・・だよねぇ。

「どうしたんですかい?庵麝先生と何か、ありましたかい?」
「ああ、んーん、それはね、大丈夫だよ、うん・・・」

 研之丞、ケンさん、首捻って、口がへの字だよ。

「なんか、変ですよ、師匠、」
「えー、そうかい?そんなことなくもないんだけどさあ・・・」
「えー、師匠、実はですね、大事な話がありまして」

 え?なんだい?ケンさんの方もかい?

「実は、真菰座が、旅の一座を復活させることになりまして・・・」

 え、ええっ、それは・・・、なんとなく、それは、えーと・・・

「あ、あー、そうなのかい?」
「かつて、真菰座は、旅の一座でしたからね。中世から続く、旅の一座だったのが、この城下に来て、人気が出て、ここで興行権をお城から頂いてたんで、今は、ここでやってるんですよね。先日、あっしのおっかさんが、わざわざ、北睦きたむつから、城下まで出てきて、見に来たってこと、菰の座長が、いたく喜んで。遠くから来てもらうのは、申し訳ねえってんで、そういう人達の為に、やっぱり、全国行脚するってぇの、どうかって、今、皆で、話し合ってる所で・・・」

 はあ・・・これは、ひょっとして、ひょっとするんじゃないか?

「でも、あっしは、できれば、その・・・」
「ああ、そうだねえ、お雪ちゃんもいるしねえ」
「ああ、お雪もついてきますんで」
「あ、あー、そうかい、そうなんだねえ」

 お、いいんじゃないかい?

「あっしが、心配なのは、師匠のことで・・・それだけが、心残りで・・・」
「あ、あー、いや、いいんじゃないかしらねぇ、それって・・・」
「えっ?」
「あー、その、旅の一座ってんのは、皆行くのかい?」
「そうですね。ここを引き払って、諸国行脚しながら、まあ、ドサ回りっていうヤツですからね」
「あー、あの、それに・・・」
「はい、」
「えーと、あのね、」

ドンドン、ドンドン、

 あー、誰だい、こんな大事な時に、

ガラガラ、ガラガラ、

「あー、すまない、・・・艶楽」

 え?庵麝先生・・・それと、この人たちは?

「あ、御用聞きだ・・・」
「え?そうなのかい?あの、何の御用でしょうか?それと、この人が、何か?」

 ケンさんが来た時、言ってたのが、この人たちだったのかね?

「あんた、御伽屋艶楽かい?」
「ええ、そうですけど」
「この男は、聖川ひじりがわ庵麝という、聖川療養所の医者だというんだが、本当か?」
「ええ、そうですよ。庵麝先生ですよ。あたしのことも診てもらってますから」
「この男が、古本屋で、こんなものを手にしていたんだ」
「え?・・・あ、多分、これは・・・」

畸神譚在界采配地一覧集」って、これ、すごい・・・

「ちょっと、見せておくんなさい」
「駄目だ」
「え、あ、ああ・・・でも、なんでうちに?」
「ああ、この男が、あんたと知り合いだと言って」
「身分を確かめにきた」
「え、ああ、そうですよ。さっきも言った通りですから。庵麝先生は、立派な療養所のお医者様で、この辺りの人の命を護ってるんですから」

 まさか、この本で、庵麝先生、しょっ引かれるんじゃないんだろうねえ。

「与力の碧山みどりやま様から、この聖川が、あんたの知り合いで、身分が解ったら、赦してやってもよいとお達しがあってな」
「あ、ならば、そうですって」
「その代わり、御伽屋艶楽、あんたに来てもらおう」
「え・・・あ、ちょっとぉ、やめておくれよぉ・・・」

 御用聞きの一人が、あたしの手首をつかんだ。
 研之丞が、それを引き離そうとしてくれてるんだけど・・・

「そんな、やめてくださいよ・・・師匠は、何もしてないですから・・・」
「よぉ、帳研之丞じゃねえか、役者風情が、こんなところに、」
「ふん、どうしやすか?」
「しょうがねえな、三人纏めて、碧山様の所へ連れてくしかねえな」
「ええっ?!」

 なんだよ、なんだよ、旅の話、しようとしてたのに、
 庵麝先生ったら、多分、この本、アレだね・・・あたしの為に・・・
 発禁書持ってるとこ、御用聞きに捕まっちまったのかい・・・
 そんで、皆で、しょっ引かれるのかい?
 ああ、ちくしょう、こんな、大事な時に・・・なんてこったい・・・

                             🌸つづく🌸


みとぎやの小説・頼まれごとは生涯一の仕事 その一
                ~艶楽師匠の徒然なる儘・諸国漫遊記篇~

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 艶楽師匠が、ついに、城下を出て、畸神について書かれた、ぼろぼろの古文書の中身を再編集する為、その資料、逸話を求めて、諸国を旅に回る決意をしました。仙吉さんとの約束を果たすために。
 しかしながら、話は、おかしな方向に・・・、
 さてはて、どうなってしまうのか?
 いよいよ、長編になりそうな予感がします。
 お楽しみになさってください。
 艶楽師匠と、役者の研之丞、お医者の庵麝先生の登場する、ここまでのお話は、こちらから、御覧下さい。

 
 

 

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