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「樋水の流布」 第五話

 そんなこんな、しているうちに、私は、十倉坂大学の文学部を卒業した。卒論は、勿論、竜ヶ崎先生について、その魅力を考察したものだった。これも、レビューに違いない。お蔭様で、優秀な成績、に近いもので、卒業することができた。

 その卒論だが、かなり、気合を入れることができた。これこそ、先生のことながら、お伺いを立てるわけにいかなかったが、卒業論文集では、巻頭に載せられてしまい、自然と、竜ヶ崎先生の手元に行く。

「レビューの方もそうでしたが、これも有り難い、嬉しいものです。こんなに賞讃をしてもらって、ありがとう。流布」

 満面の笑みだった。添削してくれる、その作品に対してとは、全く評価が違った。

・・・・・・・・・

「そうかあ、まだ、オッケー出ないんだね」
「すみません」
「竜ヶ崎先生のお許しが出るまで、掲載はできないことになってるからね。俺も、上から、流布のデビュー作をうちから出せるように、竜ヶ崎先生を口説け、って言われているんだけど、なんで、ダメなのか、解らない・・・見る所、話も筋が通ってて、面白い。好きな人は好きだよね。竜ヶ崎先生の弟子っぽいし。難しい所が無くなってる、竜ヶ崎先生の作品みたいで、却って、読みやすいんじゃないかな」
「でも、それじゃあ、ダメなんだって。シニカルで熱くて、女性視点じゃないと」
「シニカルで熱くて、女性視点・・・?・・・どうすれば、そうなるのかねえ・・・うーん、確かに、そうなんだよね。読んでて、解り易い。竜ヶ崎先生の弟子なんだよね。解ってしまう感じの」

 まだ、夢で言われたこと、アドバイスと捉えてたりしてるのも、何なんだけど・・・。

「そうみたい・・・、でも、書くとそうなっちゃうし・・・」
「一度、離れてみるとか?」
「えーっ?先生から?・・・そんなこと、できる筈ないし・・・」

 このリアクションに、親見が、したり顔をする。

・・・・・・・・・

「俺んとこ、逃げて来い」

 とか、言いそうな顔をしてる・・・

・・・・・・・・・

「って、まあ、冗談は、さておいて。多分、自分から出るのは、自由かもしれないけど、今みたいな中途半端だと、戻れなくなるかもしれないよ。竜ヶ崎先生は、滅多なことで弟子をとらないし、縛らないらしいから。君の後に入ってきた人もいないだろう?」
「まあ、そうだけど・・・」
「昨年、こちらから、独立された、武内ヤスユキ先生も、門下生だけど、もう戻らないんじゃないかな・・・」

 そうだっだ。あの後、武内は見事に、御伽屋文学賞の新人賞をとった。以来、香蘭舎を始めとして、各社からのオファーが、引っ切り無しになった。それで、出て行った。ある時から、送られてくる書類は、武内宛てが多くなり、依頼の話で出入りする編集者は、竜ヶ崎先生を上回ってしまった。それは、潮時であり、この竜舌庵を卒業するタイミングなのだという。

「暖簾分けだな、おめでとう。安行やすゆき

 この時のことを憶えている。あの感情を見せない、武内が、竜ヶ崎先生にしがみ付いて、大泣きした。

「あれ、のことは、もういいから、そうだ。流布に継いでもらおう。それなら、いいだろう?」
「申し訳ありません・・・」
「仕方ないでしょ。君ももう、囚われずに、ここを、卒業してください」

 竜ヶ崎先生は、武内の頭を撫でていた。なんか、こんなに、先生が、武内に情を熱く示す様子は、初めて見たし・・・、周囲は、遠巻きに、おめでとう、と言っていたんだけど・・・。私には、なんとなく、その一連のことに、違和感があって、引っかかったままだった。

 その後、武内は、香蘭舎の近くのマンションに住んでいる。多分、狭山というあの担当者が、足繁く通って、世話を焼いているのだろう。まあ、もう既に、公認の恋人だった、とも聞いているのだが・・・。彼の本は、売れた。竜ヶ崎先生風の歴史もの、それを搦めた現代劇など、手が豊かで、羨ましかった。綺麗で、繊細な表現が得意で、女性が好む、甘い恋の描写が、上手かった。

・・・・・・・・・

 これは、かなり後日、竜ヶ崎先生から聞いた話だが、先生の先妻の千代美さんの連れ子が、武内だったのだそうだ。だから、仏壇の担当だったのか・・・。これを知っていたのは、池田だけだった。先生が若くして、流行作家として、持て囃された頃、池田が結婚して出て行った。その頃、入れ替わりで入ってきたのが、武内だった。つまりは、先生も結婚された頃だ。彼は、奥様の連れ子だった。武内と先生は、法律上では、親子だったのだ。作家になったのは、先生が、彼の作文などを、父親として指導したことが、きっかけだった。

「この子は才能がある。このまま、ここで修行させても、いいよね?」

 先生は、奥様に告げると、奥様は大層喜び、息子を作家にすることを望んだそうだ。「武内」は、奥様の旧姓だった。彼は、そのまま、名乗ることを望んだ。確かに、血の繋がりはないので、先生と武内は、そんなに似ていないのだが、不思議と、宣材写真の姿は、なんとなく、似ていた。先生は、本当の息子のように、武内を可愛がりながらも、門下生としては、他の者と変わりなく接していた。

・・・・・・・・・

 そんな武内が、出て行く日に、私を呼び止めた。

「流布さんの部屋、変なとこあるの、知ってますか?」
「変なとこ?」
「宙に浮いた扉」
「ああ、あれね、本棚の上の、空かずの扉でしょ?ただの飾りだって、先生が仰ってた。他にもそういう部屋があるって、先代のお父様の趣味だって、聞きましたよ。先がないから、空いたとしても、壁があるだけだって」
「・・・そう、聞いてるんですね。まだ」
「まだ、って・・・えー、なんか、あるんですか?」
「いえ、なら、いいんです」

 へえ、なんで、こんなこと、言うんだろう・・・この時は、まだ、その言葉の示していること、その意図に、全く、気づかなかった。

・・・・・・・・・

 私は、基本的に、竜ヶ崎先生の作品が好きだし、最も、興味がそそられるのが、畸神や、月鬼をテーマにしたものだ。超古代物とか言われる分野だ。資料が少なく、あまり、書く人が少ないが、それだけに、想像の余地がある。やはり、その辺りを描きたくて、調べてみると、やはり、却って、竜ヶ崎先生の作品そのものに行き当たってしまう。そうなると「詰み」となるわけで・・・、出られない袋小路に、何度も行き当たる迷路を、いつまでも、グルグルと、ウロついてしまう。それが、心地良い。もう、いいんじゃないのかな?これ以上のものは、先生以外に書けないと思うから・・・。これでは、ただのファンに過ぎない。ダメだ。

 憧れの太祖神御伽凪みかなぎ様は、きっと、竜ヶ崎先生みたいな感じなんだ、と思ってしまう。それにしても、先生は、私を第二代のアマテルだというのだが、それこそ、天照は、千代美さんみたいな、奥様みたいな方なのじゃないのかな、とか、最近は思う。そう思って、読み返してみる。ますます、そんな風に思う。武内がいなくなったら、仏壇の掃除を毎日やっている。毎日、大掃除みたいに、全部の設えを一度外して、綺麗な布でお位牌を拭いて、仏具を拭いて、元に戻す。綺麗な花を一輪、庭から摘んできては、毎日飾る。武内がしていたこと、やり方、手順をそのまま、繰り返した。毎日、お写真を見るにつけ、まさに、天照様は、このようなお方だと思う。・・・ああ、でも、御伽凪様と、天照様は、明らかに世代違いで、ご夫婦じゃなかったよね。・・・とか、色々と考えるようになる。なんとなく、考えて、悩ましくなった。

 ちょっと、違う形のものを書いてみる。そんなことを考えていた矢先だった。なので、そのまま、それを描いてみることにした。天照が、先代太祖に思いを馳せたものだ。天照の一人語り、モノローグとすることにした。私としても、女性を主人公にするのは、初めてだったが、とても、短いものだ。軽く、史実とかが掴めない時代のもので、ちょっと、逃げのような気もしたが、書いてみた。こんなの、見せられるかな?先生に・・・、でも、思い切って、見せてみることにした。

「・・・預からせてもらいます。何度か、じっくり、読まさせてもらいます」

 あ、初めて、こんなこと、言われた。・・・というか、これ、あんまりに、手がシンプル過ぎて、ひょっとして、ダメ、ってことかな?

・・・・・・・・・

 竜舌庵では、月に一度、それぞれの作品作りに、メリハリをつける意図で、全員の作品の書評会をする。それぞれが読み合うのだが、これが、先生の許可の出ない者の作品は上げてもらえない。つまり、ここで、自分の作品が上がらなかった者は、他の人のものを見て学ぶべし、ということと、暗黙になっているのだ。

「はい、じゃあ、月末ですね。今月のまとめ、書評会を始めます」

 先生は、手元にいくつか、原稿を持ってらっしゃる。

「安行が、出て行きましたんで、一人分減りましたが。しかしながら、いつも言っている、決まり文句を、今日は言わずに行けそうですね。今月は、全員の作品を読んで頂けるようですね。渡会。上から、作品をとって。上から、自分以外のものをとって、読んでください」

 おーっ、と、それぞれから、小さいが、声が上がった。能福が、隣の私に耳打ちした。

「良かったね。流布さん」

 そうなのだ。私の作品が初めて、ここに残ったのだ。上位から、原稿をとっていく。渡会、能福、池田と渡り、冊数が減っていく。最後に、私の所に来た一冊は、渡会の原稿だった。

「いつも通り、十分程で読める程度のボリュームです。長編の作品は、一部抜粋してあります。十時半まで読んだら、書評をお願いします」

 私の手元に来た、渡会の作品は、近代の冒険家の話で、次回、月刊小説「白樺」に掲載される予定の連載ものだった。

 ああ、楽しい時間だ。実は、毎月読んでいる。渡会に直接は言っていないが、実は、主人公の冒険家の豪放磊落さが好きだ。気がいい男だ。少し、渡会自身が投影されている気がする。ご本人は、ここまで、砕けてはいないが。

 十時半、書評の時間となる。この時に初めて、誰が誰の作品を読んだかも、初めて解る。

「はい、では、お願いします。渡会、誰の作品ですか?」
「池田さんの作品です。・・・」

 実は、池田の作品は、毎回と言っていい程、先生がこの書評会に残している。私も読んだことがある。池田は、手書きに万年筆で、昔風の原稿をいつも仕上げてくる。立派な人だ、と、初めて、原稿を見た時に思った。これは、本来的には、基本中の基本なのだろうが。その実、先生は、書きかけでもいいのだとも言う。勢いがあれば、そちらを採用する、とも言っていたが・・・。かっちりとした、歴史的な出来事の描写、調べがしっかりしているのが解る。ただ、残念なのは、今の人達に受けが悪いことだ。私は嫌いじゃない。渡会も、今回、同様なコメントをした。

 その次は、能福が、私の作品を読んでくれていた。

「女性らしい作品ですね。概して、好感が持てました。五人の陽畸神様の中では、一番、真面目で、堅い感じ、慎ましやかな天照様の、普段、見せない部分が描かれている気がしました。・・・多分、この感じだと、僕が思うに、もう少し、砕いたら、子ども向けとかのものも描けるんじゃないかなとも思いました」

 先生が、ニヤニヤしている。なんでだろう?・・・それにしても、能福さん、意外な書評だ・・・、そんな筈はない、んだけど。

 その後、池田が能福の書評をした。短編の肉料理の話だが、今回は、少し、怖い逸話を元にしていたもので、いつもと違い、ゾッとさせるような印象の話だった。池田は、独特の視点で、逸話の来歴を話し、それを現代の人に紹介するのは、面白い試みだと語った。興味深い考察だった。この作品も、次回の月刊誌に掲載予定らしい。

「じゃ、流布。最後、渡会の作品のようだね」
「はい。とても、面白かったです。この後、どうなるのか、やはり、ワクワクして読みました。私は、個人的に、主人公の島津五郎が好きです。腕っぷしが良く、行動が想像の一歩先に行きます。トラブルがあっても、人を巻き込んで、解決に導く。サバイバルの知識がすごいですね。勉強になりました。文体も男の方の手らしく、簡潔でも、よく伝わり、解り易いです。私は、説明調になるので、参考になります。以上です」
「はい、それぞれ、今回は、ダブることなく、原稿が手元に行きましたね。まずは、それが良いことだと思いました。掲載に至っている、いないに関わらず、勢いのあるものですね。それぞれの個性が生きて、よく描かれているものを、と思います。えーと、私はこの後、忙しいので、ディスカッションしてもらっても構わないし・・・あとは、渡会に任せますが、何か、質問などありますか?」

 ああ、先生、忙しいんだ。全員の原稿、読みたいんだけど・・・。

「・・・ああ、なければ、ちょっと、流布、いいかな、来てもらって」
「流布さんの、皆で読ませてもらうよ」
「あ、はい、解りました。お恥ずかしいですが・・・」
「こういう優しい感じの、書くんだね。流布さんって・・・」

・・・・・・・・・

 えーと・・・。

「おかしいと思ったでしょ?能福のコメント」
「あー、はい」
「はい」

 先生は、見慣れた感じの原稿を二枚、私の目の前に差し出した。

「あ」

 これ、私の原稿だ。二枚目と三枚目が抜けてる。・・・そう、これがあったら、子ども向けではないもの。変だと思った。

「どうして?」
「たまたま、この原稿がなくても、話が通じましたよね。意図的ですか?・・・これ、わざと?それとも、悩んで、後から、これを、ねじ込んだとか・・・?」
「えーと、頭の中では、ちょっと、そんな風に・・・」
「いいですね。貴女の天照は、こんな風に、色々と考えていたんですね」「アマテルだって、人で、女性だと思ったんです」
「慎ましい女神像を覆したんですね。・・・いいでしょう。完璧版で、担当者さんに渡してください。香蘭舎さんだったら、そうだな、パルファム部門でもいいかもしれませんね」「パルファム・・・って?」
「そうですよ。大人の読み物ですね。まあ、君の担当者さんは、こちら(アカデミア)で扱うと頑張ってくれると思いますが」

 パルファムって・・・、先生や、他の門下生が書いてる分野じゃなくて、竜舌庵のそれとは違う、いわゆる・・・

「先生、・・・そんな」
「気が付いてないかもしれませんが、それが貴女の資質ですよ」

 ニッコリとした。・・・先生、どういうことですか?

                                                                                                        ~つづく~

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