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十四の春 舞って紅 第八話

「・・・今回ばかりは、ダメかもしれぬな」

 イブキは呟いた。アグゥと、ウズメと、三人で、海の民の集落での仲間の出入りと、消息を確認していた所だった。

「まだ、サライは戻らないのか・・・」
「ヤエは、無事に戻ってきた。あの後、とうの情報をかなり得たようじゃな」
「まあ、これ以上、しばらくはうろつかない方が良い」
「まあ、キチとの間の子ができて、子育てに専念しておるから、丁度良いのかもしれぬな」
「サライは、その、どちらかというと、武術を鍛え上げた方だったが・・・」
「求められたのは、容色の方だったようだな・・・」
「初めてを施して以来だというのに、・・・まあ、そちらの筋が良いのは、間違えないようじゃな」
「もう十九になる筈じゃ、一年以上、戻らぬな」
「先だって、戻った時には、あまりにも、清しい京ぶりを身に着けており、驚いた。娘たちがどこぞの若殿が参ったと、警戒しつつも、サライと解り、さざめいておったな・・・まあ、アカとの祝言とも考えたが、暇なく、お召しが入った」
「薹の息のかかった都の姫が、サライを甚く、気に入ったらしい。嫁に行くまでの色若としてのお相手だと、白太夫様が連れ出して・・・あれなら、間違えない。品の良さまで、身に着けた」
「如才ないサライだ。立場を弁えて、機を待っているに違いない。半年前には、キチと連絡が取れているようだった」
「あの時、随分と土産を持って帰ってきた・・・雅な京言葉と所作で」
「毒入りの土産をな・・・」
「まあ、それは承知の上、薹の薬草が練り込まれた粟餅じゃったが・・・」
「つまりは、バレている。疑われている・・・しかし、サライは、それを示して、取り除いた。証拠として」
「あいつらのやりそうなことじゃ。どこに出す時もやるらしいが」
「解っていて、ということは、常に緊張関係がある、ということじゃな」
「それが、我らのお役目ぞ。サライのことだ。誑しこんでいるのは、姫だけではあるまい」

・・・・・・・・・・・

「ふふふ、良い感じではないか?」
「もう、随分な数の、殿上人を誑しこんだようじゃな、その腰つき」

 海辺で、海苔や昆布を干しながら、流れの見習い達が、巫女舞の練習をしている。

「姫と我らと、何がちごうて、持ち物に相違ない~」

 アカがおどけて、謡踊ると、先達の姉たちは、アハハと大声を上げて笑った。

「上手いなあ。皮肉も利いておって」
「その姿しなは、誰譲りじゃ」
「さすが、チシオ姉の娘じゃな」
「アグゥの娘じゃ、我は」
「・・・アカ、ちょっと、おいで」

 ついぞ、何か、披歴しそうなアカを、ウズメが呼びつける。

「ふーん、媚態は、謡踊うたいおどりに出るものよ・・・」
「何が言いたいのじゃ、ウズメ姉・・・それよりも、もう、巫女舞も、謡も完璧じゃろうて。後は、流れの印だけ・・・」
「そうじゃな、口約束とは言え、お前の相手、サライはまだ戻らないねえ。そろそろ、良い頃合いなのにねえ」
「サライは、長いお役目と聞く」
「まあ、そのようなじゃね。一年前にお会いしたか?」
「窟で交わそうと始めたら、遣いに、サライが呼ばれて、それきりじゃ」
「そうか、相変わらず、はばからぬ物言いじゃな、アカ・・・」
「サライは、色男になった。驚く程、背が伸びて、指先がしなやかだった。姫様の白粉の良い匂いがする感じがした。海の男とは、随分、変わった気がした。貴族の若殿に化けることもできるぐらいに、京ぶりだった。言葉遣いも、髪型も都風だった。あれなら、姫が悦ぶ。粗野でなく、警戒も解く。歌も詠むそうじゃ」
「驚く程の学びをして戻った。賢い子だから、サライはな。白太夫様が、学問を少し施したとも聞いた」
「アカなど、もう要らないぐらいじゃった・・・」
「アカ・・・」
「でも、良い。見ただけで、サライは出世したのが解った。ここにいる方が、もう危ないかもしれぬな」

 それは、言えてるかもしれない、と、ウズメも思った。もう、京にいた方が自然なぐらいに、洗練された様子だった。どこぞの貴公子の様にも見える。化けたというよりは、成り変わったような気もしていた。

「今、暫く、待って、思いを遂げよ。それから、流れとなるので、遅くはないのじゃ」
「うん、大丈夫じゃ。姫にはなれんが、母者のような流れになって、帝の所まで、お役立ちに行く」
「はあ、そのぐらいの強気なら、心強いが」
「今、京に行ったら、サライに会えるかの、殿上人の綺麗なおべべに、烏帽子を頂いているかもしれぬ」
「白塗りは頂けないがな、気持ちが悪い」
「そうなのか?サライは、色白になった、必要ない」
「そうじゃな・・・まあ、不細工に限って、よう塗り込んで、肌につく」
「皆、ぞっとする~、と言っておるな、姉さん方」
「そ。それが殆どの、京の貴族、狒々爺じゃ。ええ男なんぞ、そうはおらぬ」
「だから、サライが、姫にモテる」
「その通りじゃ、だから、サライを許してやっておくれ」
「許すも何も、お役目だから、サライが誇らしい。あたしも、サライみたいに武功を上げたい」
「武功?・・・男子だからか?」
「まあ、そうじゃ」
「サライのことを『男流れ』と馬鹿にする輩もおるが、それぞれのできる役割があるからのう」
「キチとサライ、昔は似ていたけど、違ってしまったな。・・・キチは親爺様のイブキそっくりになった。もう、そのキチも親爺様だし」
「私も、もう、お婆だよ」
「ヤエ姉はいい、母者になった。ウズメ姉は、安心だな」
「アカ、ありがとうな。早く、サライが、無事に戻ると良いが・・・」
「ああ、海苔が乾いてしまう。干さなければ」
「ああ、アカ、そうじゃ、その媚態・・・もう、どうなっておるのか・・・」

 隠して、隠し通している心算だろうが・・・。ウズメは、十四になったアカの所作から、姉のチシオの媚態を感じ取る。アグゥとは、どのようになっているのだろうか・・・。唯一、しがらみを払った父娘の秘密を知るウズメは、それが気掛かりでならなかった。

 早く、サライが戻ってくれさえすれば・・・。

・・・・・・・・・・・

「アグゥ・・・桜が綺麗じゃ」
「海の側で風が強いと早く散るが、今年は、もうしばらく、見頃のようじゃな」
「手折ってきたかったが、落ちているので我慢した」
「・・・色物だな」
「うふふ・・・綺麗か?」
「全く、チシオと同じことをする・・・」
「そうなのか?」
「そうじゃ。全く、同じじゃ」
「うふふ・・・嬉しい」

 アグゥは、チシオにかつてしたように、そうする。アカから、その桜の小枝を受け取り、髪にさしてやった。

 やり取りは、まるで、そうなる。アカの仕草、台詞は、恋人か、妻のような切り返しになる。もう、子どものそれにはない感じになってくる。アグゥは、最近、アカと、小屋の外では、会話をしないようにしている。二人でいると、ウズメが割って入る。黙っていてもダメになる。アカの態度だ。女の振る舞いになってしまうのだ。結局は、そうなるので、アグゥの方で、アカとの距離を置くことにしている。

 小屋に戻ると、背に寄りかかって、甘える。身体の大きさは、もう子どもではない。ますます、それは、チシオそのものに近づいてきた。何度も、微笑んで、優しく往なし、それを留める。何も言わず、それが照れともつかぬ感覚となり、その内、払う手が、それを受け入れるようになってしまう。やりとりの甘さ、くすぐりのようなもの、アカは最高の流れとしての、駆け引きを、これで憶えることにもなる。最愛の父は、最愛の恋人になり、最愛の寝所での指南者になってしまう。そのアカのねだるような甘えに、その内に、アグゥが負けるのだ。アカとチシオの二人に絡めとられているのだと、目を伏せる。

 ダメだよ―――違うんだよ。アカ。

 最初は、そう思ってる。そういう感じで、来た時には構える。手を捉えて、留める。力比べのようなこと、それは、幼い頃から、訓練を含めてやってきた。それの構えでは、当然いられない。柔らかな女性の手であり、しなやかな腕であり、徐々に、チシオのその感じに近づいていくアカの、その感覚に取り込まれて行く。次第に、それが確信犯的に、アカの中に、そのやり取りと、擽りの絡繰りとして、出来上がっていく。お約束のように、それは繰り出され、繰り返され、ついには、互いの惹き上がりを促してしまう。

 何がいけないのじゃ?アグゥ・・・

 アカにしてみれば、子どもとしての甘えからの延長線上のことで、何一つ、変わらない筈だった。しかし、それは、重ねられる程に、女性として甘受すべき心地良さとして、その身に積み上げられていく。その大好きな温みという安心感と、女の部分を刺激される快楽が相俟っていく。幼い頃から信頼する、その懐の中で、その上に、その手に甘やかされる。その蜜の甘さから、離れられるわけがないのである。

「アグゥがいい、アグゥ、流れの印を・・・」

 アカが十四の春、アグゥは、ついに、それを施す。一度、離れようと十歳の頃に決めたのに、この誘惑と呪縛からは逃れられなかったのである。

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中  十四の春  舞って紅 第八話

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 次回は、この話の始まりである、「焼き討ち」の真相となります。引き続き、アカの里での記憶を辿ります。
 この話の前段は、こちらのマガジンで纏め読みができます。
 


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