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頼まれごとは、生涯一の仕事 その六           艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記篇

「ちょっと、到津いとうず、おるかい?・・・お入り」
「はい」

 すると、すぐ襖が開き、そこには、三角の烏帽子をかぶった、一人の若者が座っていた。前回は、ここまででしたが、さて、どのようになりますのやら。


「話はきいたかえ?」
「はい」
「どう思うかえ?到津?」
「はい、失礼致します」

 到津という若者は、スッと部屋に入ると、きりりとした所作で、襖を閉めて、部屋に入り、艶楽一同に一瞥すると、丁寧に平伏した。

「到津と申します。宜しくお願い申し上げます」

 見た感じは、研之丞より、小柄で若い感じ。浅黒い肌に白い水干が良く似合った。

「まさか・・・」

 また、お雪が勘ぐって、隣の艶楽についぞ、囁く。目配せをしてから、艶楽は、錦織とその到津という若者を見比べながら、お雪に微笑んだ。

「・・・神職のお方ですかい?」
「はい。あることをきっかけにですが、こちらの錦織様にお世話になっております」
「この子のお蔭でなぁ、南国に良い米蔵と良い水の場が見つけることができたんや。以来、商売の場にもついてもらってるんや。ごっつう、助かってますのや」
「いえ、彷徨さまよっている所をお助け頂きました、御恩返しでございます」
「まあ、ええ。挨拶はここまでにして・・・到津、この話、どない思うか?」
「はい、そうですね。いつもながら、これもまた、呼ばれたお話なのではと感じました」

 錦織は、少しの間、考えたようにして、宙を眺めてから、ニヤニヤとしながら、艶楽を見た。

「あんた、言ったな、頼まれごとがあるって」
「はい、そうなのですよ、旦那」
「しかも、何やら、面妖で、やたら、難しそうに見えるんやが」
「その通り、なのでございますよ。何せ、もう若くもございませんし、雲をもつかむような話に、無謀とも思うんですが・・・」
「到津、人助けしたら、また、儲かるんやな?」

 到津は、ニコニコとした様子で、頷いた。

「困ってれば、困ってる人ほど、助けたら、儲かるんやなあ?」
「はいっ」
「はいはい、わかりました。では、儲かるんなら、させてもらわんとなぁ」

 何か、よく分からない、やりとりをしているが、どうやら、良い方向に進んでいると、一同は、ホッと胸を撫で下ろした。

「では、失礼致します。船の御守りに戻ります」

 到津は、また丁寧に平伏ひれふして、くるりと身体を返して、襖を閉めて、部屋を出ていった。ニヤニヤとご機嫌な錦織の顔、さも嬉しそうにしている。

「ありがとうございます。では、ご自慢のお酒、お注ぎ致しましょうか」

 ここぞ、やっと、芸人の出番と読んだ研之丞が、錦織の前に出て、真ん中の徳利を差し出した。

「すまんなぁ、本当は、あんたの労いやっちゅうのに、はい、返杯・・・、ああ、皆、もう、好きなの、持っていて、飲んだらええよ」

・・・・・・・・・・・・・・

 まもなく、宴が引けて、艶楽一行は、部屋に戻って来ていた。

「なんか、よく解りませんが、まあ、無事に、お船に乗せて頂けることになりそうですね」

 お雪は、安堵した顔で言ったが、

「うーん・・・あの御仁には、少し覚悟しておりましたが・・・」

 研之丞の言葉に、甘えるような顔つきで寄り添い、腕を掴んだ。

「まあ、なんとかなったねえ、ほんとに、よかったねえ、はあ・・・」
「艶楽」

 神妙な顔で、庵麝が呟いた。

「なんだい?ああ、先生のお蔭だねえ、今回の立役者は先生だねえ」
「いやあ、何か、上手く行きすぎやしないか?」
「え?あたしはね、あのお方に頼んだら、上手く行くと思ってたよ」
「うーん・・・」
「まあまあ、上手く行ったから、明日、早速、船であそこまでいってくださるそうだから、よかったじゃあないですか」

 艶楽が天真爛漫なぐらい、人慣れしやすい分、正反対に庵麝が慎重なのが、丁度いいのではないかと、研之丞は思った。

 きっと、この旅は上手くいく。

「明日からの興業も、これで安心してやれます。良かったです」

 その夜は、一同、安堵して、眠りについた。

・・・・・・・・・・・・

 翌朝、研之丞とお雪は、芝居の興業の為に、出て行った。その後、錦織に連れられて、艶楽と庵麝は、なんなく、港の関を通った。旅芸人の通行証を持っていたことあったが、錦織が、地元の自慢の酒、昌運の一升瓶を役人に手渡ししていたお蔭もあったかもしれない。

「わあ・・・」

 艶楽は、目を瞠る。潮の香りが、鼻の中に広がった。
 甲板から、海を見渡す。カモメや鳶が飛んでいるのが見えた。

「艶楽さん、あんた、初めてかい?船に乗るの」
「そうなんですよぉ、旦那ぁ、あたし、嬉しくて、仕方なくてねえ」
「まあ、二時ふたときぐらいで、その付近までは行くと思うで」

 傍で、庵麝は早くもうずくまり、袂から出した、小さな巾着袋から、丸薬を出し、口に含んだ。

「あれえ?先生、船酔いかい?」
「いやあ、私としたことが、飲み忘れてしまって・・・ううう」
「お医者だっていうのに、だらしない人だねえ」

 そこへ、どこからか、また、昨日の到津という若者がやってきた。

「ちょっと、お背中を・・・」
「ん?・・・あ、ああ・・・うん」

 彼は、庵麝の背中を軽く押したかのようにみえたが・・・

「いかがですか?」
「ああ、うん、大丈夫だ。・・・不思議なことに、うん、何でもない」
「良かったです」

 ニッコリとして、また、船倉の方に降りて行ったようだ。艶楽は、その姿を目で追った。その感じは、清々しいが、不思議にも見えた。

「なあ、到津。変わってるやろ?」
「うん、なんか、神様のお使いみたいな子だねえ」
「うーん、ああいうのなあ、藍国では、『天使』っていうらしいなあ」
「えー、ああ『天使』、聴いたことある感じが・・・ああ、あれは、確か、仙吉さんに・・・」
「仙吉さん?」
「うん、そう、あたしは、その仙吉さんからの頼まれごとを果たす為に、城下を出て、旅することにしたんですよ」

 錦織は、船の縁に寄りかかり、腕組みをして、目を丸くした。

「仙吉さんって、ひょっとして、栗源くりもとの?」
「そう、そうですよ、その人ですよ」

 あら、また、有名人だねえ、仙吉さん。

「はあ、あの爺さんか。たまに酒を少し分けていたことがある。西国の北にいて、変わったことばっかしてる爺さんやね」
「ご存知なんですかい?錦織の旦那」
「うん、まあ、・・・って言っても、もう、10年以上前や。そうや。あたしも、その言葉『天使』って、仙吉さんに教わったんだよ。まあ、それでなあ、到津を拾った時、そう思ったんや」
「拾った?」
「うん、まあ、あの子は、数年前、南国の、北の果て、小さな祠の前で、じっと座って、拝んどったんや。身なりも汚くて、痩せていて。最初は、通りかかりでねぇ。あの頃、あたしは、良い米が獲れて、水がある所を探していた所だったんや。見てたら、その地元の農民の子たちに、石つぶてされててなあ、まあ、酷かったわ。それでも、到津は動かなくてね。次の日も来たら、又、変わらずにそこに居て。あんまりだから、声を掛けたら、あの笑顔でなあ。あたし、心を奪われてしまったのよねぇ。それで、ご飯を食べさせてね。その次の日に、酒造りにピッタシの条件の場所が見つかってね。それで、あの『大吟醸南大地』が生まれたのさ。以来、到津の面倒をみることにしてね。それから、ツイてるんだよ。『人に優しくすると、良いことがあります』とね。以来ね、到津の言う通りにしてるんや」
「・・・そうなんだねえ」

 なんとなく、この時、艶楽は、到津に仙吉を見たような気がした。でも、それは多分、ただの妄想・・・それと思ったことがある。

「ああ、あたしもね、気になった子、拾ってね」
「・・・なるほど、それが研之丞ってわけだねえ、育てのおっかさんかあ」
「まあ、そんな感じですねえ」
「そろそろ、見えてくるよ。でも、大回りしないとダメなんだよ。あの浜まで辿りつけるかどうか、わからないねえ」
「何か、きな臭い感じがする・・・」

 隣で、いつも通り黙っていた庵麝が、呟いた。

「なんだって?ちょっとー、あんたたち、何か、燃やしてないかぁ?」

 乗り組んでる若衆たちは、付近を覗くように確かめたが、火の気はなかった。

「やだよぁ、庵麝先生」
「いや、気のせいか・・・」

 船は、その目的の浜の側まで来ていた。

                             🌸つづく🌸


みとぎやの小説・連載中 頼まれごとは、生涯一の仕事 その五
             艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記~ 第五話

 やっと、艶楽師匠、舟に乗れましたね。病の床に居た頃は、こんな時が来るとは思っていなかったことでしょう。
 もしも、みとぎやの連載、よく読んでおられる方には、一行がこれから、どこに行こうとしてるか。わかるかもしれませんね。
 今は、禁則地とされている、その場所。かつては何があったのでしょうか?さてはて、どうなることやら。次回をお楽しみに。

 艶楽師匠のお話は、このマガジンから読めます。是非、お勧めします。

 





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