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頼まれごとは生涯一の仕事 その四     艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記篇 第四話

 さて、前回、城下の南東に当たる、造り酒屋の温泉町である埜真淵やまぶちに辿り着いた、旅の一座となった「真菰座まこもざ」と、艶楽一行。その翌日「真菰座」の興業に合わせて、楽屋に待機し、お客の中から、酒の輸送で西に帰ろうとしている、酒問屋を捕まえようとしていた。船に便乗して、一つ目の伝説の地「中つ大洲、中程、南側の海辺」に行くために。そうそう、気の良い酒問屋がいるとは、思えませんが・・・。いかなることに。

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「ああ、相変わらず、いいねえ、芝居はねえ」
「まあ、お世話係で、あたしはいさせてもらってますから」

 楽屋から、舞台を除くと、研之丞が見栄を切って、客席が湧いていた。
 おひねりが飛んでいる。艶楽とお雪は、顔を見合わせて、喜んだ。

「まあまあ、どこに、こんなに人がいたのか、集まったもんだねえ」
「やっぱり、お酒の問屋さんってぇのは、儲かってるんですかねえ」

 楽屋の端には、じっと、庵麝先生が座っている。

「庵麝先生、観なくていいのかい?」
「芝居は、正面から観るものだ」
「まぁた、堅物が、何、言ってんだか・・・」
「いや、艶楽、少し、妙な事があり、気になっているのだか・・・」
「なんだい?」

 艶楽は、庵麝の隣に座る。

「いや、今、ここでは出せないが・・・結局、昨日『畸神譚在界采配地一覧集』は広げなかったが・・・実は、見たところ、あの文書には、何も書いておらんのだ。その、表のような罫が引かれてある以外には、それに、題から見ても、あまりに薄すぎる」
「そうなのかい?今なら、少しだけ、見ても」
「いや、しかし」
「少しだけの間、出しておくれよ」
「わかった・・・ほら、真っ白・・・あ、いや、これは」
「あれまぁ、なんだい? こりゃあ、奇妙奇天烈だねえ」

 見ると、真っ白だった紙に、知った人々の名前が現れ始めた。

「御武家の時代 埜真淵・・・あれあれ?あたしの名前、それに庵麝先生、研之丞に、お雪ちゃん、それに、真菰座の皆の名前が浮かび出てきたよ」
「どうしたんです?」
「いやあ、これね・・・」

 その時、舞台の方から、拍手が上がった。幕引きの口上が、座長の声で述べられている。

「ああ、終わっちまうね。お雪ちゃん、これ、今夜、話すからね」
「あ、皆さん、戻ってきますから、お茶と手拭い、準備しないと」

 慌てて、庵麝は『畸神譚在界采配地一覧集』を懐にしまい、首を捻った。

 ・・・まさかな、いくら何でも、仙吉さんの仕掛けでも、こんなことはできまい。

 客席あしらいをしていた裏方も戻り、役者が戻ってくると同時に、楽屋前には、役者と話そうとする、観客たちが集まってきた。

「来たね。酒問屋の旦那、捕まえないとね」
「お話してみましょう」
「ちょっと、庵麝先生」
「いや、私は・・・」

 人付き合いの下手な庵麝には、めっぽう苦手な役割のようですが、仕方なく、腰を上げると、そこに役者が戻ってきて、やはり、その場を出ざるを得なくなった。

 一足早く、艶楽とお雪は楽屋から外に出て、裏方の振りで「ありがとうございました」と頭を下げて回った。

「ちょっとぉ、研之丞、研之丞はおらんかいなぁ?」

 おっとりした、まるで、先程の芝居の女形のような声つきで、更に、西の訛りが混じった口調だ。

「あれえ、女の方かねえ?客席は、男衆ばかりと思ったけどねえ」

「ちょっとぉ、ああ、あんた、裏方さんかえ?」
「へえ、そうですけど」

 その声の主が、お雪を捕まえている。

「あたし、一目見て、研之丞が気に入ってしまいましてなぁ、会いたいんやけど・・・」
「あ、えっ、あ、はいっ、ちょっと、お待ちくださいましね」

 お雪は、その男の、姿しなを作った、妙な雰囲気に驚いたが、つい、返事をしてしまった。

「ああ、また、あの、西国の板看板酒屋の錦織にしこりの阿呆息子だ」
「あいつ、衆道の気があるからなぁ」
「あれが座っていた席の四方が空いていたぐらいだ」
「隣に居たら、触られるって、同業では、もっぱらの噂だぁ」

 同時に耳に入って来た噂に、お雪は驚いた。

 こりゃ、てぇへんなことになる。うちの人が、男に狙われてるってことかい?

「どういうわけか、あの店は、受けて、今や酒の大店だ」
「父親がしっかり商いをやっているからやな」
「いやあ、どういうわけか、あの阿呆な性癖だけが難で、仕事はできるらしいぜ」
「いやあ、とにかく、関わりたくねえ、商売でも、出し抜かれたこともある」

 艶楽もこの様子に、聴き耳立てて、じっと見ていた。そこに、お雪は、駆け寄ってきた。

「ああ、どうしましょう。艶楽先生、この人、アレ、男同士の、みたいで、うちの人に会わせたら・・・」
「うん、どうやら、お金周りの良い、商い人みたいだから、船に乗せてくれそうだね」
「ええ、そんなぁ、先生・・・」
 
「何、ぶつくさ、言ってんだい?研之丞は?楽屋にいるんだろ?あらあら、渋い旦那がいるじゃないか・・・」

 錦織は、傍で突っ立っていた庵麝を見つけると、素早く、庵麝に縋りつくように、腕を掴まえた。

「あ、おい、いや、私はそういうのは・・・」
「はいはい、ご案内いたしますよ」
「え、艶楽・・・」
「いいから、いいから、少しは役に立って下さいよ」

 艶楽は、庵麝の手を引き、その庵麝に絡みついてきた錦織を引き、その後に、困り顔のお雪がついて行く形で、四人は楽屋に入っていった。

 沢山の役者の中、奥の方で、研之丞が、丁度、鬘を外し、衣装を脱ごうとしていた所だった。

「まあまあ、なんとまあ・・・💜」

 捕まえていた庵麝を突き飛ばして、錦織は頬に手を当てて、高い声で叫んだ。一瞬、真菰座の役者や裏方は、静まったが、何の事はないといった様子で、それぞれの作業を続けた。

「ほら、又、研之丞、お前の、気に入りが増えたぞ」
「大概、男衆だからなぁ」

 艶楽は、クスクスと笑った。お雪は、相変わらず、困り顔だ。

「モテるねえ、ケンさんも、こりゃ、お雪ちゃん、気が気じゃあないね」
「ちょっと、そんな話は聞いたことありましたけど、何かあったってわけじゃあないのは、解るんですよ。でも、あの方・・・危なっかしい感じで・・・」
「大丈夫さね、仕事ができるお人なら、取引に応じてくれるに違いないからさ」
「取引って、・・・先生」
「うーん、ちょっと、ケンさんには頑張ってもらおうかねえ」
「そんなあ」

 騒ぎの中、立ち上がって、庵麝が着物の汚れを払い、艶楽の所に来た。

「やれやれ・・・なんだ、沈香がついてしまった」
「そうかい?・・・どれどれ、何も臭わないけどねえ」
「いや、私には解る。医者として、体臭も病を見つけるために必要だから、研鑽を積んだ。わずかな臭いも解るのだ。あの男から移ってしまった」
「へえ・・・すごいんだねえ、あらあら、行っちゃったねえ、あのお人」

「はい?ああ、ありがとうございます」
「本当に、良かったわよぉ~💓」

 役者の間を縫って、研之丞の所まで、錦織は辿り着いてしまった。笑顔でやりとりをする、研之丞の姿を見られず、お雪は、両手で顔を伏せている。

「ああ、大丈夫よ、あんなお客、今まで、沢山、あしらってきてるからね、ケンさんは」
「聞いてましたけど、見るのは、初めてだから・・・」

 お雪は、また、顔を伏せた。艶楽は、お雪の肩を撫でながら、庵麝に先の目論見を話した。

「いいよ、お雪ちゃん、そうやって、顔を伏せてなさいな・・・さて、庵麝先生、あのお人の船に乗せて頂こうかね。今朝ほど、座長に聴いた所によると七日間、ここで興業をした後は、人の流れを見てね、やっぱり、折り返して、山の方に行くそうなんだよ」
「やはり、こちらと一緒に、というわけではないんだな」
「ひとまず、人の入れ替わりの様子を見て、興業の日取りを決めるらしいからね。お客が入らなきゃ、次にいくそうだよ。ひとまず、興業の間に、この最初の伝説の所に行ってくる。戻ってきたら、恐らく、次の山の方なら、二番目の長箕沢っていう所に近づくと思うからね」
「そう、上手くいくか?」
「行かせるんだよ、庵麝先生、さて、話をつけに行くよ、どうするの?お雪ちゃんは」
「あ、あたしは、片づけ手伝いながら、こちらから、様子見させてもらいますんで」
「解ったよ、まかしときな」
「あの、あの人に無碍なことは・・・」
「解ってるから、大丈夫だよ」

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 結局は、一頻り、片づけが住んだ楽屋を、座長が研之丞の「気に入り」の為に空けてくれたので、艶楽たちも、その場に残っての話となった。

「いやあ、実は、こちらの錦織様っていう、西の酒屋の大店の方に、今宵、宴の席に呼ばれてしまいまして、で、一応、連れがいるので、一緒にと頼んだら、二つ返事で」

 研之丞は、慣れた感じで、お客の接待に応じることになったらしい。

「うふふふ、研之丞、奥方がいるんやねえ。あたしが声を掛けた、さっきの美人さんだったなんて、隅に置けないんやねえ、うふふふ」

 すかさず、艶楽は、頭を下げて、挨拶をした。

「あ、そうですか。それはそれは、ありがとうございます」
「え?あんたもかい?おばさん」
「あたし、研之丞の育ての母でございます。そして、こちらは父」

 艶楽はそのように役割を振った。庵麝は、我ながら、単純だと自覚しながら、擽ったい気持ちで、頭を下げた。

「まあ、こちらの渋い御仁が、育ての父、あたしの目には狂いがなかったってことやわあ💖 それに、お宿も一緒なんだってねえ、ええわあ💙 楽しみに待ってますさかいに。離れの薔薇そうびの間ですからねえ。ほな、お先に失礼」
「はい、わかりました。お邪魔させて頂きます」

 錦織が手を振りながら、楽屋を出ると、四人は、並んで、研之丞の挨拶に合わせて、頭を下げた。

 さて、旅の二日目、艶楽一行は、この錦織に話をつけることができるのか。そして、無事、一つ目の伝説の地に辿り着くことができるのか?次回をお楽しみに。
                             🌸つづく🌸


みとぎやの小説・連載中 「頼まれごとは、生涯一の仕事」その四 
                艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記篇~

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 飛び道具のように、錦織さんが登場しましたね。このお話は、比較的、楽しい感じに、人の可愛げ、人情溢れる、泣きもあり、笑いもあり、のお話になったら、素敵だなと思って描いています。不思議なこともありつつ、お話が進んで行く、時代劇ファンタジーというか、そんな感じでもありますね。私も、先が愉しみになってきました。

 城下で、艶楽師匠や、研之丞たちと過ごしている話も、前段にございます。こちらのマガジンで、ここまでのお話もご覧になれます。よろしかったら、お訪ねください。



 


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