その変わり目 1 ~その変わり目 第一話
それは、いつだろうか?普通に、その人のことを知っている。まずは、知っているが、取り立てて、どうってことはない。知り合いというのだろうか。
コンタクトが取れ、何等かの交流が発生する。互いに、やり取りをし、その心地良さが多い経験をする。容認しあっていることを、互いに確認できる。すると、気が楽な相手と見えるのか。
嫌、そうとも限らない。やり取りに違和感があったとする。それが、いつまでも気になったりする。離れて、一人、あれはなんだったんだろう、と。意見が合わなかったとか、逆に嗜好が違うのだと、発見したり、とかでも、そんな感じになるかもしれない。
とにかく、気になる。思う、考えていることが多かったりする。―――これが意識する、という段階だろうか。
気になってくると、纏わるものが気になる。相手に関して、何気なく、調べてみたりする。情報を取る。相手のプロフィールが知りたくなる。知ったことの中で、自分の琴線に触れる、つまりは、更に、気に入る要素があると、それが相手のスペックとなって、積み重なってくる。
そうなんだ。こういう所に住んでいて、齢の頃はいくつで・・・。手掛かりがなければ、会う機会に会話で探る、という手もある。関係性で、もしも、既に、相手の資料を手にしているのならば、それは全て、情報に繋がっていく。
例えば、顧客であれば、それ相応の情報が手に入る。
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・・・何と言うのか、ほおっ、という感じで、何かを考えているというのか。・・・それでも、こちらのことから、気を外しているのか、気を外そうとしているのか・・・でも、そんな時こそ、チャンスだ。その感じの顔つきが好きだからだ。少し、無遠慮に見つめることができる。
最近は、以前よりも、感じが変わったというか。何かあったのかもしれない。
視線が上がり、目が合うと、不思議そうな顔で、目を逸らされた。気づかれたか?それとも、そちらの方でも、何か、響くことでもあるのか?
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求めよ、さらば、与えられん。・・・じゃなかったか、そんな中、ずっと、突き詰めていたら、情報が入ってきた。大したことじゃない。いや、大事なことだ・・・人が数人、間に入っての知り合いだと解った。これは使える。上手く、友人を操って、偶然にも、場というタイミングが成立した。少し、所在無さ気に、伏し目がちにしている。想像通り、いい感じの、壁の花だ。少し、浮いてる感じ、それがいい。妙に、彼女らしくて。ちょっと、気の毒な、その感じ、助け船を出してあげたくなる・・・そんな感じ。
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「あれ?・・・卯月さん?・・・ですよね?」
「え・・・?・・・あ、・・・えーと」
「パーソナルの貞躬です。一昨日、御社に伺ったばかりで。知ってる感じだなと思ったら、まさか、えー、こんな所で、お会いできるとは・・・」
「あ、・・・貞躬さん、でしたね。・・・友人に誘われて。彼女がオーナーさんと知り合いで・・・クラブのオープニングパーティって誘われて」
「ああ、そうなんだ。すごい、偶然だなぁ。彼、俺の学生時代の友人で、こっちも呼ばれた口で・・・」
「・・・人が多くて、知らない方ばかりで、友人は、さっき、知り合いに、引っ張られて行っちゃって」
「あー、ほっとかれちゃったんですね。・・・ああ、だったら、カウンター、行きましょうか。飲み物、まだでしょ?」
「あ、はい、・・・なんか、システムとか、解らなくて」
「そんな大袈裟じゃないですよ。女性は払いなしですし。好きなもの、頼めばいいんですよ。あと、ここのフード担当、阿見ヶ崎のホテルオーシャンのコミ、やってたらしくて」
「コミ?」
「ああ、とにかく、美味いって、それに釣られて、来たんですよ」
周囲のBGMが大きい。自然と近くに寄り、声が大きくなる。でも、不思議と彼女の声は、いつも通りに聞き分けられた。まさに、周囲は雑音でしかない。カウンターでも、所在無くしているので、ロングで薄目のオリジナルカクテルを頼んで渡す。
「これでいいかな?お酒は苦手?」
「・・・あまり、飲まないですけど、少しなら」
「これ、甘めで薄いの、頼んだから、はい、乾杯」
軽く、グラスを合わせた後、彼女は、ハンカチをグラスに巻いて、ようやく、グラスに口をつけた。
「ミントのカクテルですか?」
「ああ、モヒートですよ。飲んでみます?」
「大丈夫です」
少しすると、周囲を見回して、また、所在無さ気になったので、声をかけてやる。
「向こう、窓の方、行きましょうか?お友達は帰ってこない、みたいですね?」
「顔が広くて、社交家だから、どこに行っちゃったんだか・・・」
カウンターの傍に、互いの友人が、既に知り合いで、一緒にいたことを、こっちは確認できたけどね。背の高さもあるのか。見えづらいこともあるみたいだ。多分、こういう場に慣れていないのだろう。俺は、向こうとも、アイコンタクト、取れてしまっている。ああ、今、ウインクされたぞ。
・・・そう、だから、君の友人は、戻ってこない。多分、今夜はもう。
「会えなかったら、どうするの?」
「いくらなんでも、それは・・・あ」
スマホを取り出す。少し見てる。
「どうしました?」
「あ、いえ・・・そんな、そんなんじゃないのに・・・」
「彼女からですか?」
「あ、どこにいるのかな?こっちのことは見えるとこにいるみたい・・・」
「どんな感じの人?」
「金髪の子。大きいカールのロングヘアで・・・」
「そう・・・どこにいるかな?金髪の子、結構いるけど・・・」
俺も悪い奴。ごめんね。繋がってるのに、こんな嘘。
「あ・・・」
こっちによこしやがった。オーナーの渡会からだ。
『相変わらず、そんな感じ、タイプ?まあ、気張って』
二人で、ニヤけた合図を送ってきた。あ、バラけた。もう、放逐されてしまったようだね。
「どうしたの?彼女から、連絡あった?」
「・・・なんか、こっちを見つけたのに、えー、そんな・・・」
「何?」
「無理だよ、そんなの」
「どうしたの?」
「ごめんなさい・・・貞躬さんといるの、見られたみたいで」
「あ、そうなんだ・・・で?」
「彼女、別の友達と動くからって」
「酷いなあ、連れてきて、置いていくなんて・・・」
心細そうに俯いちゃったね。ごめん。いい顔だよ。こんな顔、見られるなんてさ。友達からは、なんて、言われてんだろうね?・・・頼りにしてくれれば、嬉しいんだけど。
「LINE?」
「・・・はい」
「まあ、独りぼっちにされたわけじゃないし、一応、知り合い、ここにもいるでしょ」
「なんか、すみません・・・貞躬さんは、オーナーさんのとこ、行かなくて、いいんですか?」
「ああ、行く?一緒に」
首を横に振る。髪の揺れ方、いい。瞬間、掴まれる。
「いえ、私は・・・」
「俺は今、LINEもらった。カウンターにいて、アイコンタクトできたから、それで」
「ああ、そうなんですか。あー、いいなあ、男の人、背が高いから・・・」
「そうかあ、人混みだと、見えなくなるんだね」
「チビですから」
「そんな言い方しなくても・・・女の子は小さくてもいいよ」
少し、顔を近づけて、覗き込む。ここで、やりすぎてはいけない、距離感が大事。
「そう、ここ岩宿の外れなんだけど、夜景が結構良くって」
「この辺り、最近、ビルが増えましたね」
「そうだね。あの、向かいホテルのラウンジ、アルコールだけじゃなくて、夜でもスイーツが、昼のティータイムメニューと同じなんだって、価格帯も」
「ああ、なんか、同僚が言ってました」
「最近、この辺り、開拓してるから・・・あ、グルメじゃなくて、仕事の方もね」
「ああ・・・貞躬さんは、営業だから、大変ですよね」
「芦原商事さんにも、十倉クロスの本社と、岩宿ビルとね、お世話になってます」
「こちらこそ、いつも、ありがとうございます」
「あー、いつもの卯月さんの感じだね・・・良かった」
「・・・え?」
「見つけた時、心細そうにしてたからね。・・・本当は、こういう場、苦手でしょ?」
「まあ、そうですね。友達の顔を立てて、今日は来たんですけど、こんなに、大きなクラブだと思わなかったから・・・」
「まあ、こういう所は、もう少し若い人が、ターゲットみたいだよね・・・見てると、俺らより、下の層が多い感じだね・・・正直、言っていい?」
「え?」
「もう、座りたいんだけど」
「あー、もう、そろそろ、そんな感じですよね。そうですよね、貞躬さん、昼間、営業で歩いてらっしゃるから」
「もう、いいや。顔立てたから、出ようか。君もあれでしょ。ぼっちにされたんだから」
「え、でも・・・」
「気になるなら、LINEで知らせればいい、今でなくても、後で」
「うーん」
「それとも、一人でここにいる?」
「あ、それは・・・」
「じゃ、とりあえず、出て、どっかで座席確保」
「えーと・・・」
「うーんと、はっきり言うね。付き合ってもらえる?せっかくなのに、一人でこの辺りの店入ってもね。それとも、帰る?」
ここは畳み込む。ちょっと、身じろぎしてるね。チャンスだ。
「グラスは、適当に置いていっていいから、はい、行こう」
グラスを受け取って、
「はい」
「あ、すみません」
ハンカチを返して、そのまま、手を引く。エントランスの渡会と目が合う。小さい笑い。
「ありがとうございました」
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「渡会~、最速の一組目―」
「似合いジャン。超、貞躬のタイプだ。ありゃあ」
「芦原の受付嬢だよ」
「らっしいねえ、ふふふ」
「良い子だからね。泣かしたら、許さないよ」
「蓮香、貞躬は、そんなんじゃないから」
「なら、いいけど・・・あの子、この場に連れ出すの、ちょっと、大変だったんだからね」
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「はあ・・・」
「・・・深呼吸?」
「ああ、ごめん、少し、強引に手を引いちゃったかな?もう、出たくてさぁ・・・空気悪い、ああいうとこは、漏れなく」
「そうですね。私も、そう思ってました。多分、あと少しいたら、頭が痛くなってたかも」
「実は、苦手だったりするんだよね。仕事だったら、我慢するんだけど・・・」
「同じです」
「俺、かなり、浮いてたかもな。リーマンがスーツ着てって」
「そんなことなかったと思います・・・私は場違いでした」
「いやあ、そんなことないよ。俺が声をかけなければ、他の奴が声をかけてたんじゃないかな?」
「え?・・・そういう感じなんですか?ああいうとこって」
「まあ、友達が友達を紹介して、みたいな社交の場ではあるらしいね」
「もう、全部、苦手・・・」
「よく来たね。友達は、君に感謝しないと」
「多分、蓮香は・・・あ、友達の名前です。あの子は、気にしてないかな。そういうの」
「君のイメージからだと、その子が友達って、想像しにくいんだけど」
「学生時代からの親友。皆にも不思議がられるけど、ずっと、仲良くて。別に、今日もこれで、蓮香を責めるとか、そういうことはないんですけど・・・」
「俺と、そのオーナーの渡会も、似た感じかもな」
「へえ、そうなんですか・・・」
「大学が一緒だったんだ。サークルの仲間で・・・」
嘘はない。俄然、話しやすくなってきた。環境も手伝ってか、ビルが林立する、岩宿西付近はその実、彼女の会社も近いし、俺の営業管轄だから、お互い、見慣れてるし、歩きやすいのかもしれない。
「あのう・・・」
「ん?」
「そこにベンチがあります。座るなら、別に・・・」
「ああ、疲れちゃったよね。ごめん、店、探すでもなく、歩き出しちゃったね」
「いいです。こういうのが気楽で」
すると、彼女は、すかさず、座った。伸び伸びした感じだね。初めて、感じる。今、リラックスし始めてる、ってことだ。右側開けてくれたんだね。じゃ、そこに座るとして。
「あんまり、気取ったお店とかに長居するの、好きじゃなくて」
「そうなんだ」
「あ、自販機がある。何か、飲みますか?買ってきます。何が、いいですか?」
「任せるよ」
「えー」
「何、選んでくれるかなぁ?」
「えー・・・そんなぁ・・・」
多分ね。観察しててくれればね。このベンダーも、このベンチも、俺にしてみりゃ、昼間、お世話になってる場所だから、客先の受付に、缶やペットボトル見えるようには持ち込まないけど・・・
「うーんと・・・あ、これにしようかな、これか、これ」
ペットボトルと、缶を持ってきた。当たりだ。紙袋に飲み終わったの、持ってたの、見てたかな・・・。
「どっちが、いいですか?」
「なんで、これ?」
「よく、御社の袋の中に入ってることがあったから、お好きなのかなと思って」
答え合わせ、はっきりしてるな。小気味良いぐらいなんだけど。
「どっちでもいいよ。どうせ、選ばせて、残りを取るつもりでしょ?」
「まあ、そうです・・・」
「缶コーヒーくれる?」
「はい」
「これ」
「あ、いいです。これぐらい」
差し出した小銭を、突っ返してきた。まあ、スマホで買ってたの、見えたけど。
「じゃあ、借りとくね」
「そんな、いいですよ・・・んー・・・これ、固めなのかな」
あ、ペットボトルに苦戦。あるあるだな。
「はい、貸して」
「あ、・・・あ、すみません。いつもなら、空くんだけど」
「これ、本体の部分、柔らかいタイプだから、やりにくいよね、はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
・・・今の、今日一、可愛い顔だ。素直に嬉しそうにしてくれた。グラスより、こっちの方が似合うな。そうそう、制服じゃないんだ。スカーフもない。会社帰りの私服なんだよな。周囲の刺激で、クラブの中では、顔見てるので、精一杯だったけど、小さなピアスしてるの、今、気づいた。・・・もらったのかな?彼氏に。
そうだ。その辺りの情報がなかった。いても、おかしくない。当たり前だ。その上での話、承知でのスタートの心算だから。
「それ、似合うね。ピンクゴールドの」
「あ、え、ああ、ピアス・・・解るんですか?」
「うん、それ、ひょっとして、UNAGAのじゃない?」
「・・・詳しいんですね。そうなんです。オープンハートで可愛くて、一目惚れしちゃって、ボーナス出たら、つい、買っちゃいました」
情報、ありがとう。適当言ったんだけど、こないだ、うちの奨励賞のノベルティの選考会議にあったやつと、そっくりだったからな。やっぱり、女の子のウケ線なんだな。UNAGAって。・・・なんか、嬉しそうに、ブレンド茶飲んでる。やっぱり、グラスよりも似合う。とにかく、良かった。彼からのプレゼントじゃなかったんだ。
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その後は、何の事はない話をする。時計を見る。七時を回った。
「腹減ってきた・・・」
「あー、さっきのお店、腕の良い方がいるの、楽しみにしてたって・・・なんだか、ごめんなさい」
「あー、俺が座りたかったからね。あそこは、また行けるから。・・・それより、何、食べたい?」
「え、・・・あ、何でも、・・・んー、すぐ食べられるものがいいですね」
「すぐって?」
「待たないで、かしこまらないで」
「・・・それって、お財布に優しそうだね」
「そうです。チェーン店でもいいかなあ・・・」
行くの前提、の話になってるぞ。いい感じ。庶民感覚なのも。普通に、いい感じで。
「そんな感じなの?夜、だよ・・・ちなみに、お昼、何食べたの?」
「お弁当でした」
ああ、それが多分、一番かも・・・。それはね、もしも、この後が上手くいけばね、多分、頂ける・・・かもしれない・・・。過度の期待に走る・・・。
「そうかあ。いいなあ。・・・俺ね、なんだっけ、ああ、客先の会議で、接待の仕出しの幕の内」
「ああ、うちの会社も、会議で出すやつかもしれませんね。何社か、入ってますよ」
「そんなに、あれ、美味くないね。どうせ、作って、時間、経ってるしね」
「大きな会議の時、並べるのに、動員されたことあります」
「じゃないやつ、すぐ食べれる、あったかいのがいい。頭の中で、何、想像してる?」
「そうですねえ・・・」
小首傾げてる。いい顔、沢山、魅せてくれる。・・・やば、すげえ、可愛いんだけど。愉しい。モードは、もう、それじゃんか。ご飯、何食べようか、って、デートモードだから、こんなの。
「せーの、で、言ってみる?」
「えー?」
「今、頭ん中で、思い浮かべたやつ。食べたいの」
「メニューとか、お店の名前?」
「そう。せーの」
「サットン!!」
「おーっ!! すげえ、ハモったじゃんか」
「うそお・・・あはは」
「しかしだな、どっちかだ・・・」
「・・・いいですよ。中野で」
「・・・え、ひょっとして、浅井・・だよなあ・・・サットン出ると思わなかった。それだけでも、嬉しいよ・・・」
「でも、中野にも、浅井メニューあるから」
「いやあ、浅井行こう、嫌なんでしょ。女の子はあれが・・・中野は臭いもすごいし」
「いいですよ。帰るだけだから、中野で、浅井頼みますから」
「いい。浅井の方が近いし」
「本当にいいんですか?」
「・・・今夜は、浅井。次、中野、あー、お互い、通勤着、着てない時、中野」
「えー、まあ、解りますけど・・・そうですねえ。スーツに臭い移りますよね」
今の、聞いてたかな?・・・多分、スルーされてるな。次、っていうのが、大事なんだけど。ってよりも、まず、これからが大事。
「よし、決まり、浅井。浅井は、女の子多いかもなあ・・・」
「家族連れも」
「っつうか、カップルも多いか、週末は」
「あはは・・・彼氏が折れてるって」
「今みたいに、後や、明日を考えるから・・・あれ、デートなら、別にいいのにな、と思うんだけど」
「中野でも?」
「だって・・・ほら、焼き肉とかと同じで」
「同じ臭いになるから?」
「そう、だね」
「明日、お休みだから、中野でも」
「まだ、こだわってくれるの?・・・スーツ問題は」
「消臭スプレーすればいいから」
「いや、今夜は浅井」
「うふふ・・・案外、貞躬さん、頑固なんだ」
「いやあ、はっきり言うよ。卯月さんがサットンっていうのが、まず意外だし、行くなら、浅井でしょう?」
「あははは・・・なんで?」
「女の子だから」
「それって、思い込み過ぎ、あははは・・・」
「えー、平気なの?いきなり、男と二人で、サットン中野はないでしょう?」
「行きますよ。友達とだったら、」
「あの、さっきのお友達とか?」
「ああ、そうそう、蓮香は、サットン中野派だから」
「なるほど、それはわかる気が・・・」
「え?」
やば、知らないことになってるのに、蓮香ちゃんのこと。
「あ、いや、・・・ほら、浅井の黄色い看板、見えてきた」
「並んでないの、ラッキーかも」
「いやいや、並ぶのは、もっと遅い時間。飲みの後は混むよ」
「そうなんだ」
「夜サットンしてないな」
「何ですか?それ・・・あははは」
ずっと、笑ってくれてるんだけど。ああ、でも、きっと、浅井でも、臭うよ。大丈夫?
「あー、いらっしゃい。上着袋入りますか?」
「ああ、ください。ほら、入れて、上着」
「いいですよ。もう、大丈夫です・・・クスクス」
「優しい彼氏だね。彼女、言うこと聞いといてあげて。はいはい、何にしますか」
「基本の浅井で」
「俺は、浅井2倍」
「中野寄りにしたいなら、ツボつけるから」
「ああ、いいです。野菜も大に」
「はいはい、基本、二倍野菜大」
「はいよー」
意外にやりとり、スルーだな。反応しないようにしてるのかな?
「お腹空きましたね。あー、ごめんなさい、追加で、味玉つけてもらっていいですか?半個で」
「じゃあ、仲良く、彼と半個ずつね」
これもスルーか。速い、もう出てきた。
「彼女、浅井基本、味玉半個。彼氏は、浅井2の野菜大、味玉半個ね。いいや、味玉はサービスね」
「えー、そんな、いいんですか?」
「いいよ、あ、彼氏の分もね」
「あ、ありがとうございます」
女の子にサービスって、よくあるやつだよね。こっちは、されたことないやつだな。もう、完全にカップルだと思われてる。いいけど、別に。
・・・まあ、かなり、いいけど。そうだ、ここ、色々とセルフなんだよな・・・、えっと・・・。
「はい、これ、箸と水」
「ありがとうございます。いただきまーす」
「いただきます」
んー、声が弾んでるぞ。俺も、そんな気持ちだ。サットンがそんな感じにさせるんだけど、それ以上に、嬉しい。美味そうだし。手を合わせて、箸を割り、互いに啜り始める。
「ほんとにいいの?彼氏、ツボなくて?」
「あ、本当に、いいです」
ごり押しするなあ。ちょっと惹かれるけど、一人なら、中野に直行なんだ。でも、今はいい。
「ツボ、って、中野に近くなるやつ?」
「ああ、そうらしいね。いつも、中野に行くから、見たの、俺も初めて」
「もらっても、いいですよ」
「いい。意味ないよ。上着袋までもらって・・・って、これで充分、美味いから、平気」
なんか、ツボとか、断っても、受け取っても、色々と思われる感じだよな。カップルで食うと、弄られる、サットンあるあるだからな。まあ、いいけど。でも、この店に入ってからの弄り込みのやりとりは、スルーなんだよな。カウンターだから、真っ直ぐ見れないけど、結構、普通の感じで食べてる。まあ、そうなんだろうけど。いい。隣が嬉しい。・・・あれ?何か、探してる?
「ん?・・・何か?」
「味変で、高菜とか、紅ショウガとか・・・ありますか?」
「ああ、これね。はい、どうぞ」
「あれ、親爺さん、高菜切れてるよ」
「ああ、ごめんね。はい、取り変える。彼氏、それくれるかい?悪いねえ」
「いいえ」
「手長いね、助かる。カッコいいね、彼氏」
「よく言われます」
「あはは・・・」
ウケてるよ。これ、多分、親爺さんとユニット扱いだよ。
「高菜、美味しい」
「良かった、好きなんだ」
「うん」
「仲いいねぇ」
お客が少ないんだ。珍しいサットンぶりだな。弄りすぎ。弄られてんのに・・・サットン弄りに関しては、本当に、スルースキル、高いんだな。
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「ご馳走様です。ありがとうございます」
「ごめんね。サットンで」
「でも、食べたかったから、最高です」
「随分、気を遣ったけど、臭い、無理なのかもね」
「うふふ、周囲に臭いで、行ったの、バレるのが、サットンですよ」
「あーあ、そうだよなあ、まあ、いっか」
「そうですよ。皆、サットン行ったら、こうなります」
「ああ、ほら、振り返られた」
「気になっちゃうんですね」
「気にならない?人目というかさ、いや、俺一人ならいいけど」
「もう、いいです。そんなの」
「あそこのさ、スタンドの、飲まない?リセットしないかな?」
「生ジュース?・・・さあ、しないと思いますよ」
生ジュースって、あれだ。なんか、流行ってる健康志向のヤツだ。
「私、ミルクティーの飲みたいんで、何ジュースがいいですか?」
「臭い消しに効くやつ」
「えー、またですか。わかりました。聞いてみます」
「お願いします。ここのテーブルに座っていいのかな・・・」
甘えてしまった。あれ、走って、戻ってきたぞ。
「朗報です。リンゴが良いそうです。私もそれにします」
「やったっ、じゃあ、お願いします」
大きなカップのジュースを二つ、持ってきた。ひょっとしたら、サットンより、これ、高いんじゃないかな?
「いくらだった?」
「いいですよ。さっき、ご馳走になったから・・・ああ、それから、対処としては、後は、汗かいて、代謝を上げるのが早く臭いを取る方法だって、お店のおじさんが言ってました。やっぱり、リンゴ、売れるんだそうですよ」
「よし、いただきます。あ、さっぱりしてるな・・・」
「いただきまーす。んー、美味しい、スッキリするかも」
「他にも何か、入ってるな」
「ほうれん草とパセリも効果あるそうで、入れてもらいました」
「うん、効きそう。よし」
「明日も出勤ですか?」
「ないけど」
「だったら、サットンタイミングだったんですね」
「そうかもね・・・時折、若めな話し方するんだけど・・・じゃあ、聞いてもいいかな?・・・失礼ですが・・・卯月さんって、何歳ぐらいなの?」
「26です」
「そうかあ。やっぱ、若いんだね。・・・ちなみに、俺、いくつか、知ってる?」
「当てるんですか?」
「ああ、うん、じゃ、クイズね」
「二十・・・」
「お」
「ううん。三十・・・」
「あー、その辺で、迷うのかあ・・・」
「少し、先輩ですよね」
「ダメ、アバウトじゃなくて、当てて」
「三十・・・?」
「ジャスト?ファイナルアンサー?」
「あ、古いから、四十・・・嘘です。うふふ」
「言うねえ。んで?」
「当たったら?」
あれ、凄いね、お酒飲んだわけじゃないのに。これ、アルコール入りかな?
「当たったら、なんか、いいこと」
「いいこと?」
「当たったら、考える」
「えー」
「何か、リクエストある?」
「うーん・・・当たったら・・・じゃあ、いいことを考える、で、いいです。うーん」
「はい、じゃあ、四十で?」
「違いますよお・・・三十・・・三?」
ふーん。これは、どうなのかな?
「ごめんなさい。もっと、若い、んですか?」
「・・・知ってたの?」
「当たりですか?」
「当たり、あっさりだね。・・・ああ、七つも下なんだ。ショックだな・・・」
「・・・そんな感じ?」
「おじさんじゃん」
「ううん、全然、違いますよ」
「でもなあ、やっぱり、オーナーとか、スタッフの齢だと、さっきのクラブで、思ってたんだけど」
「でも、来てる中には、アーティストさんなんかで、四十過ぎの人いるって」
「ああ、それはそうかも。でも、やっぱ、俺、親爺だったんだなあ」
「あああ、そうそう、当たったから、いいこと、考えてください」
「いいこと・・・俺が考えて、いいの?」
「言いませんでしたっけ?」
「一緒に考えよう、おじさんと」
「やだ、もう、貞躬さん、おじさんじゃないですから、ふふふ・・・」
あああ、そうなんだよな。微妙に年上感、どうなんだろう?もう少し、齢近いかなって、思いながら、彼女のイメージは、二十四だったからな。そしたら、十歳差じゃんか。でも、間をとっての七歳差、という現実。
「今度、中野にいく」
「それ、いいこと・・・?」
「でも、ないか・・・」
「あ、ううん、いいですよ、だから、いいって、さっきも。わかりました。中野の日を設定しましょう」
「今度の休み前とかは?」
「よく言いますよね。一週間後には食べたくなるサットン」
「決まり・・・はい、じゃあ、打ち合わせ、これでいい?」
「はい」
ああ、簡単だ。拍子抜けするぐらい。LINEとメアドとスマホの番号入手。いいのかな?こんなの。
「来週の予定は、月曜じゃないと解んないから」
「はい、解りました」
「そしたら、連絡するし・・・どうせ、顔も出すから、また、会えるだろうしね」
「はい」
「また、いいのかな?おじさんとラーメンなんて」
「自分で言わない方がいいですよ。そういうの。別に、貞躬さんをおじさんだと思ったことはありませんから」
「ああ、どうも、それは助かる」
「何にも、気にしないでください」
「ああ、ありがとう・・・」
岩宿駅は、すごい人混みになる。東都線も一緒だ。臭ってるね、と互いに確認する。席を確保すると、少し、会話して、お互いに船を漕ぎ始めた。要は、こんなに緩い感じで。乗換駅が来た。肩を叩いて、挨拶すると、会釈して、小さく手を振った。降りると、窓から振り向いて、手を振る。
ベクトルは色っぽいものとは違ったけど、その日が、最初の変わり目だった。上々の結果だった。
どっちかな。電車を乗り換えてから、メールを選んだ。
「お疲れ様。ジュース、ご馳走様。楽しかったです。来週も楽しみです。おやすみなさい」
~つづく・かな?~
みとぎやの珍しく正統派恋愛小説・ひとまず投稿⑦ その変わり目 第一話
今回は、いよいよ、恋愛小説です💛
なのに、サムネは、ラーメン・・・どういうこと?
って、感じですが・・・
個人的には、この貞躬君が好きです。序盤策略してますが、
すっごい、いいヤツです。
別れてから、すぐメールするヤツ、本命アクションです💛
ちなみに『サットン』は「咲楽とんこつ」というチェーン店のラーメン屋の通称です。この世界で、人気のお店で、ニンニク強めの『中野』と、穏やか目の『浅井』に店舗が分かれています。癖になる味で、リピーター続出です。(ちなみのちなみに、みとぎやは豚骨ラーメンはあまり好きではありません)
そして、やっと、現代風のお話になりました。
気に入って頂けると嬉しいです。
次回は、同タイトルの第二話になります。