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守護の熱 第二章                     第三十一話 会いたかった

「あっちぃなあ・・・やだなあ」
「祐樹、言うなよ、辰真さんに聞かれたら、どうなるか」
「あああ、炎天下、筋トレさせられるぅ」
「解ってんなら、黙っとけ」

 九月になっても、真夏の暑さだった。
 東都の暑さは、長箕沢のそれとは違った。それでも、まだ、福耳の家のあるこの下町は、都心に比べたら、まだ、緑がある方で、暑さは楽な方らしい。

 雅弥は、この「なんでも屋」をやっている叔父、福耳晴彦の元で、仕事を手伝うようになっていた。相変わらず、言葉は発せずにいたが、よく働いた。仕事の多くは、身体を使った、工事現場の手伝いのようなことや、街中から依頼を受けた場所の修理や掃除が多かった。暑い中だったが、雅弥には、そのようなことはどうでも良かった。恐らく、身体を動かしている時の方が気が紛れていたのではないか・・・いや、ひょっとすると、それすら、感じることもなく、ひたすら機械のように、目の前のことを熟しているだけだったのかもしれない。

「精が出るな」

 上の者からの声掛けに、軽く会釈をしながらも、作業の手は留めない。何をやらせても、完璧な程によくやった。

「兄ちゃん、慣れてんなあ。・・・大人しいな、別にいいや、仕事してくれれば、関係ない」

 この感覚、長箕沢の半場で上の人によくしてもらった時のことを、雅弥は少し思い出せていたのかもしれないが・・・。

       *

 その朝、黒塗りの車が、福耳の敷地内に入って来た。そこからは、辰真というガタイの良い男が、サングラスをかけ、作業着姿で降りてきた。

「おはようぉす」
「ああ、おはようございます、辰真さん」
「・・・うぉっす、義雄。・・・何、逃げてんだ?え?祐樹」
「あー、今日、ハードモードですか?」
「なんだ?いいぞぉ、ハードにしても」
「あああ、いいっす、すいません。大丈夫っす」

 辰真は、祐樹の背中を、バンと叩いた。祐樹は大げさに痛そうにリアクションする。小突き合う感じが続き、結局は、仲の良い師弟関係のそれだった。雅弥は、少し離れた所から、その三人の様子を見ていた。辰真は、振り返り、雅弥の存在に気付いた。

「・・・君が、新しく入った雅弥?俺は、辰真だ。よろしくな」

 雅弥は頷いて、丁寧に頭を下げた。辰真は、顎に手を当てて、雅弥の周りを一周して、その様子をくまなく見た。そして、肩を軽くポンと叩いた。

「身体、鍛えてんな。祐樹より、しっかりしてんなぁ」

 少し離れた所から「え~」という情けない声に、笑い声が混ざって聞こえてきた。その時、母屋の方から、福耳が出てきた。

「ああ、辰真、おはよう。来てたんだな、うん」
「急ぎですか?また、地下道?」
「ああ、そうだ。こいつら使ってやって、頼まれてくれ」
「はい、解りました」
「この子なんだが・・・」
「ああ、あそこのすき間に鼠が出入りしてるんですよね。追っかけて入って、出らんなくなったかな、また。行政、まだ、工事の対応してくれないんすかね?」
「まあなあ・・・で、猫の声がやたらしているって、報告があってな。暑い時期だから、早く助け出しやってほしいんだが」
「最悪、のことも考えてですかね。あの区域の中ならばいいけど、他のとこに抜けちゃうと、こっちからは無理かもしれませんけど・・・」

 雅弥は、叔父の福耳と、この辰真という男が、写真を見ながら話をしていた。写真には、一匹の茶トラの猫が写っていた。

「まあ、猫探しの依頼が入ったと思ったら、地下道からの猫の声がするって電話もあって」
「まあ、十中八九、この子でしょうね」
「猫探しの依頼は昨日の夕方だったが、声の方は今朝な。うるさくて、眠れなかったって」
「じゃあ、前回と同じ方法でいきますか」
「今日は暑いからな、よく水分とらして、短時間で」
「・・・まあ、人数もいるから、大丈夫でしょう、・・・おおい、集合!」

 辰真が、大きな声で、召集を掛けた。すると、離れた所にいた義雄と祐樹が、福耳と辰真の前に、横に並んだ。雅弥は、それにならった。

「早速なんだが、聴いてたと思うが、猫探し兼地下道から救出の依頼だ」
「ああ、義雄と祐樹は、一度、春先にやってたな」
「あー、寒かった、臭かった、あれは・・・えー、今日、この糞暑いのにっ・・・」
「こらっ、祐樹、お前、文句ばっか言いやがって、居残りさせっぞ」
「はいー、すんませんっ」
「道具は倉庫から出して、すぐ行ってくれ。近いが、バン使ってな」
「はい、解りました。おやっさん。じゃ、義雄、お前運転。前回の所、覚えてるな」
「承知です。バン、こっちに出します」

 説明を聴くや否や、雅弥は倉庫に向かっていた。先に行った福耳の指示に従って、作業用の白いバンが来ると、必要な道具類をその車の後ろに乗せた。

「祐樹、雅弥の方が先輩か?おい?」
「はいー、やりますー」
「2人乗りだから、お前、雅弥連れて、走ってこい。解ったな」
「はいー、あ、じゃあ、雅弥、いこ。バンが回ってる間に、こっちの近道からダッシュすれば、先につけるから」
「じゃ、皆、頼んだよ。よろしくな、辰真」
「わかりました、おやっさん」

 雅弥は、祐樹の合図に頷き、一緒に福耳の事務所を出た。

 思えば、車での移動ばかりで、久方の外出だったかもしれない。隣で、色々な愚痴ともつかない、冗談交じりの祐樹の言葉も、耳に入ってこないようだった。祐樹は、怠け癖があるが、気の良い奴で、最近では、雅弥の心の傷に寄り添う形で、声掛けをしてくれているようだ。

「お前、足、早えなあ、・・・ちょっとだけ、サッカーしてたって、おやっさんから聞いたんだけど・・・あ、こっち、そこの角の曲がったとこにマンホールあるから」

「おっせえぞ、祐樹、雅弥」
「はいっ、すんません」

 着いた時には、バンが到着していた。

「嘘じゃねえ、早く着くこともあるんだ、雅弥」
「まぁた、くだらないこと、言ってんじゃねえよ、お前は」

 義雄が半笑いで、作業用の道具を出していた。

「雅弥、これ、猫の捕獲用の籠な。ここ、こうすると開くから」

 雅弥は義雄の説明に頷いた。
 
 暑い中だが、それぞれ、ツナギを着て、長靴に履き替えた。頭にはヘッドライトのついたヘルメットを被る。暑い中だが、これは身体を護ると説明を受けた。

 辰真が、義雄と祐樹に二人で、降りた所から左側を探すように指示をした。すると、二人は先にマンホールの中に降りて行った。深さは、左程でもないらしい。中から、相変わらず、暑いだの、臭いだの、騒ぐ祐樹の声がした。辰真は、中に声を掛けた。

「うっせえ、黙っていけ、猫が逃げるぞ・・・雅弥、降りてみるか?」

 雅弥は頷いた。

 猫が出られなくて、困っているのなら、早く行ってやらなければ・・・

 雅弥は、久しぶりに、心の中に、意図的な気持ちを宿らせた。その実、そのことすら、本人では気づいていないかもしれないが・・・。

 最初は、辰真が後ろからついてきていた。猫の姿は見つからない。鳴き声も聞こえない。

「雅弥、ここから先は1本道だ。俺は、戻って、あいつらの様子を見てくる。ここまでの要領で、懐中電灯を照らしながら、ゆっくり進みながら、調べてくれ。突き当りまで行ったら、戻ってこい」

 そういうと、辰真は、雅弥の顔に懐中電灯を当てた。まばゆいながらも、頷いてみせた。

「よし。じゃあ、頼んだぞ。今の時間、10時18分な、時計合ってるな。見つけたら、静かに道具をその場に置いて、速やかに戻ってこい。一人で動こうとするなよ。解ったな」

 雅弥は、渡された腕時計を確認してから、頷いてみせた。辰真を背に、手持ちの捕獲用の網などを持って、地下道を探り始めた。それを見て、辰真は入り口の方に向かって歩き出した。雅弥は、離れていく靴音を耳にしていた。

         *

 確かに、長い1本道だった。ここまでの感じで、新鮮な空気が大きく入れ替わるようなイメージはない。どぶの臭さが際立ってきていた。猫が死んでいたら、可哀想だ・・・暑さも増してきた。酷く汗を掻いてきた。腕を捲った、首のタオルで汗を拭き、仰ぎながら歩いた。

 どれぐらい歩いただろうか。死骸の状態で見つかっていないことに、雅弥は安堵していたが、生きている状態でも見つからなかった。希望的に、もう既に、左側へ向かった二人が、助けていることを願っていた。きっと、そうだろう。しかし、万が一のことを考えて、言われた通り、突き当たりまで、行かなければならない。雅弥は、暑さと臭いに耐えながら、周囲に電灯の光を当てながら、歩き続けた。

 熱い・・・。

 そう思いながら、突き当りに辿り着いた。そこは段差があり、高い位置の管の端から、汚水が流れ出ている場所だった。そうか、流れ着くなら、向こう、入り口から左奥の筈だ、いずれにせよ、猫は向こうにいるような気がした。とにかく、ここまで来て、遺骸らしきものも見当たらなかったし、戻って報告をせねばと思ったが、その時、雅弥の目の前は、ふわりと暗くなった。雅弥は、ふらつく身体を庇って、壁に寄りかかり、座り込んだ。

 ただでさえ、暗いのに・・・。

 雅弥は、それが自分の体調の不調から来るものだと気づいた。時計を見る。その実、辰真と離れてから、十五分以上経っていた。この距離なら、元通り、戻ればいいんだ。

 懐中電灯で照らすと、暗い地下道だった。自分の間近で、汚水が大きな音を立てて、流れ落ちていた。雅弥は、不思議とそれにも慣れ、雑音とも思わなくなっていた。意識をすれば、臭いも酷いが、気にしなければ、大丈夫だと思った。

 なんとなく、気持ちが落ち着いた。周囲には誰もいない。

 そうだ。昨日、眠っていなかったから、こんな風に・・・。多分、このままいたら、熱中症とかになって、俺は・・・。

 何か、この中の壁に吸い込まれていくような、同化していくような気がしていた。

 ・・・それもいいかな。

 頭の中で、そんな自分が浮かんだ。

 しばらくすると、雅弥の意識は薄れて行った。




「ねえ、どうしたの?こんなとこで?」

 え?

「何、してるの? 皆、待ってるんじゃないの?」

 え、・・・どうして?

 目の前には、当たり前のように、会いたかった、その顔があった。

「あーあ、汚くなって。早く帰って、お風呂だね」
「・・・清乃?」
「うふふ、なんて、顔してんのよ」
「だって、・・・」
「私なら、大丈夫よ」

 清乃が、後ろを振り向くと、見たことのあるサングラスの男がいた。

「あ、」
「ね?心配しないで、ちゃんとしなさいよ」
「ちょっと・・・」
「じゃあね・・・」

 ふぅ、と、二人の姿は、向こう側に、融けるようにして消えた。


 大丈夫って、・・・そうか。大丈夫なんだ。

 そうだよな。もう、借金に追われなくて、済むもんな・・・

「良かった」

 雅弥は、自分の声が木魂するのに、気づいた。

・・・・・・・・・・・・

「雅弥、なんだ、戻って来いって言ったのに・・・」
「猫の方は、おやっさんから飼い主さんに、無事戻されました」
「おお、解った。了解。悪いが義雄、道具持って行ってくれ。俺、こいつを背負って運ぶから」
「はい、解りました。・・・辰真さん」
「なんだ?」
「こいつ、夜、あんま、寝てなかったみたいなんすよ」
「なるほど、よいしょっ、重いなあ、こいつぅ」
「支えますか?」
「いや、大丈夫だ」
「こいつ、ここで、このまま、まさか、死ぬ気だったんじゃ・・・」
「それはない、大丈夫だ、疲れて、寝てるだけだ。少し、脱水気味だが、基礎体力が違う感じだ。こっちの訓練生より強い」
「そうなんすか?」
「まあね、血統も良いらしいから、こいつは、」
「へえ、そんなもん、あるんですか?」
「あるよ、ここからの底上げしたら、こいつは俺より強くなる」
「へえ、そうなんすか・・・じゃあ、こいつ」
「合格だ、明日から、本部に移動だ」
                            ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 守護の熱 第二章 第三十一話「会いたかった」

 お読み頂きまして、ありがとうございます。

 みとぎや、久方に来ちゃいましたね💦粗方を決めて、描きながら、進めていてるんですけどね。
 
 雅弥が、向き合いたくなかった事実に向き合って、清乃が縛られていたことから、解き放たれたことに気付いた時、初めて、休むことができたんですよね。ちょっと、可哀想でしたけど、ある意味、雅弥は、清乃を先に行った彼に任せたという気持ちになれて、楽になったのかもしれません。

 次回はまた、長箕沢に舞台を移します。
 少し、別の視点から、この一連の事件を見る形になりそうです。

 このお話の第一章は、こちらから


 現在連載中の第二章は、こちらからです。


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