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虎に翼 第69回 寅子はどうして吠えたのか

もう一ヶ月近く前の事となりますが、穂高先生退任記念祝賀会で寅子が吠えた件について考えたいと思います。

前後の流れはこの様になっております。

第68回 尊属殺の件(穂高先生達が担当)
第69回 穂高先生退任記念祝賀会(寅子と穂高先生が対決)
第70回 英二少年の件(寅子達が担当)

共通するのは「親に対する子供の怒り」ですね。

第68回
存続殺の判決についての穂高先生達の少数意見について、寅子は直治達に
「判例は残る」
「おかしいと声を上げた人の声は決して消えない」
「その声が、いつか誰かの力になる日がきっと来る」
「私の声だって、みんなの声だって決して消えることはないわ」
と語ります。

続いてのシーンでは、よねさん達が壁に書かれた憲法14条を見つめながら夕飯を食べている様子に被って、寅子の声が「何度落ち込んで腹が立ったって、・・私も声を上げる役目を果たし続けなきゃね」と流れます。

そして、優未を寝かしつけながら、英二の姿を思い浮かべる寅子の姿に「諦めるもんか、絶対に」とナレーションが重なります。

「声を上げる」という事について、寅子の強い思いが示された回でした。

第69回
さて問題の穂高先生の挨拶の場面です。

穂高先生が「昔から私は自分の役目なんぞ果たしていなかったのかもしれない」と語ると、寅子の脳裏に、かつて先生が「君のような優秀な女性が学ぶにふさわしい場所だ」と語りかけてくれたシーンが浮かびます。
そして、寅子の涙が花束に落ちます。

「結局私は、大岩に落ちた雨垂れの一滴にすぎなかった・・・」云々と続いた挨拶が終わるのと同時に、寅子は先生に花束を渡すという役目を放棄して会場から出て行ってしまいます。

「謝りませんよ、私は」という寅子。
「先生の一言で心が折れても、その後きまずくても感謝と尊敬はしていました」「『世の中そういうもの』と流されるつらさを知る、それでも理想のために周りを納得させようとふんばる側の人だと思っていたから」

ここまでは、「感謝と尊敬はしていました」「思っていた」と「過去形」です。直治たちに穂高先生たちの少数意見について語っていた様子からも、それは正直な気持ちだと伺えます。

さて「今・現在」はどうかというと、「私は最後の最後で花束であの日のことを『そういうものだ』と流せません。」「先生に自分も雨垂れの一滴なんて言ってほしくありません!」

「あの日のこと」とは、寅子が妊娠中に穂高先生から声をかけられた出来事です。「今は仕事なんかしている場合じゃないだろう。元気な子供を産み育てるべきだ。」という意味合いのことを言われたのです。

その頃、他の二人の女性弁護士は弁護士を辞めて、ただ一人の女性弁護士となった寅子は「もう、私しかいないんだ」「自分がここで辞めたら後に続く女性たちの道も閉ざされる」と思い詰めて、妊娠中にも拘わらず幾つもの仕事を抱えて奮闘していました。(この頃の寅子の様子は壮絶なものでした。)

そのような彼女にとって穂高先生の言葉は衝撃的なものでした。結局、寅子は弁護士事務所を退職することになりました。

ただ、それでも「感謝と尊敬はしていました」という彼女が、「最後の最後で花束であの日のことを『そういうものだ』と流せません。」と怒っている「きっかけ」は何でしょうか。

穂高先生が「自分の役目なんぞ果たしていなかったのかもしれない」と言った時に、寅子の脳裏に浮かんだ回想シーンの穂高先生の表情は、希望と理想に満ちて輝いていました。悄然として挨拶を続ける祝賀会の先生とはまるで別人です。そこで、寅子の涙が花束に落ちました。

「君のような優秀な女性が学ぶにふさわしい場所だ」という穂高先生の理想に燃えた言葉は、寅子を、女性達をスンッとさせている「世の中そういうものだ」という世界から救い出してくれました。

その先生が、「自分の役目を果たしていなかったのかもしれない」と言う。

(違うでしょう!!)寅子の感情が爆発したのではないでしょうか。
穂高先生に対する深い思いからくる、悲しみと怒りの入り混じった複雑な感情でしょう。

「どうもできませんよ!」という寅子の言葉は、収まりのつかない彼女自身の感情そのものです。
「女子部を作り、女性弁護士を誕生させた功績と同じように、女子部の我々に『報われなくても一滴の雨垂れでいろ』と強いて、その結果、歴史にも記録にも残らない雨垂れを無数に生み出したことも!」

あなたは素晴らしいことをしたし、酷いこともしてきてしまったんだ!!

良かったことも悪かったことも、なかったことにはならない、なかったことにしてはいけない。

「だから私も先生に感謝はしますが、許さない」「納得できない花束は渡さない!」「『世の中そういうものだ』と流されない。それでいいじゃないですか。以上です。」

「そういうものだ」と流されている世の中で、現在進行形で戦い続けている寅子は、声を上げずにはいられなかったのでしょう。

今まで苦しんできた人々、よねさん達のように今同じ様に格闘している人々や、これから後に続いて来る人々のためにも。(現在の私たちも含まれます)
「おかしいと声を上げた人の声は決して消えない」のですから。

(穂高先生は茫然と佇み、寅子は屋上で「うわあー!」と叫んで、頭を抱えてしゃがみ込むことになりましたが・・・)

第70回 
寅子を訪ねてきた穂高先生は言います。
「私は古い人間だ。理想を口にしながら既存の考えから抜け出すことができなかった。君は既存の考えから飛び出して人々を救うことできる人間だ」

さて、英二の両親は二人とも彼の養育を拒否しています。
英二の沈黙は、両親・大人・世の中全体に対する不信感・怒りの表われでしょう。
そのような英二に対して、父親と母親のどちらと暮らすかについて寅子は「どうでもいい?そりゃどうでもいいよね」と言い放ちます。
調停員の女性は「そんな投げやりな」と言いましたが、寅子は英二の心に寄り添っているわけです。型破りな口調で。

「本音を言えば、ご両親にあなたを任せたくない」
「あなたが生きて大人になるまで見守り育てることは、私たち大人全体の責任なの」
寅子は、英二の怒りを受け止めて「声」を上げ語りかけました。

寅子の語りかけに応じて、それまでずっと沈黙を貫いてきた英二は、唯一の信頼できる大人・伯母のことを話し出します。
そして伯母の下で暮らすことになります。

穂高先生の言葉の通り、寅子は既存の考えから飛び出して英二を救い出したといえるでしょう。

寅子は、「『世の中そういうものだ』と流されないで声を上げ続けることで誰かを救うことができる。」そう信じているからこそ吠えずにはおられなかったのだと思います。

「その声が、いつか誰かの力になる日がきっと来る」
このドラマ自体が、「その声」の一つなのだとも思います。







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