「恋を斬ると紫色の血が出るというのですか」夏目漱石『虞美人草』第一章
夏目漱石の『虞美人草』を読もうと思った。
実は、読んだふりをして、読んでいなかった。
というのも、学生時代、夏目漱石の作品短評の中で、失敗作と断じられており、その根拠は定かではないものの、若さゆえの視野の狭さがあった私は、評価をそのまま疑うことなく信じ込んでしまったからだった。
先日、本棚をゴソゴソしていたら、とても綺麗な文庫本が見つかった。これは妻が買ったものだろう。私の『虞美人草』は古本屋50円均一のものだから、こ汚く、文字フォントも小さくて読む気になれなかった。妻のは新刊で買ったものだろう。すべすべした表紙が、心地よい。これを読もう、そう思った。
読んだことないのに知ってる内容。これはタチが悪い。悪女の甲野藤尾。翻弄される小野。小野のモデルは厨川白村。白村は恋愛観研究の本で有名になった。でも文学研究者。そんなことばかり、頭に入ってる。藤尾は最後自殺する。なんてこった。
文学なるものはネタバレなどものともしないというのが、現代の読者の「ますらおぶりだと聞いて育ったが、それもまた如何。
第一章
藤尾の異母兄である「甲野さん」と、友人の四角い男の「宗近」が、比叡山頂を目指して、話しながら歩いている。この会話において、おおらかな「宗近」と、斜に構えた「甲野さん」が対比され、小説世界への導入が果たされる。
典型口上の組み合わせなのか、科学的な視線によるカメラワークなのか、若干判然としない描写があって、それは案外良かった。
京都を俯瞰するようなグーグルアース的な視点から、徐々にストリートビュー的な位置に移行し、音を混ぜながら、無人称の一般的な感興を惹起させ、大原女や牛といった具体的なイメージへと降りていく。「牛の尿の尽きざる程に」も、ウィットの効いた表現になっている。
悪くないね。
どっちの発話が「甲野さん」で、どっちが「宗近くん」かわかるよね?
表題は藤尾の名ゼリフ。