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タコ足 (1分小説)
タコは、他の魚に、足を食べられた場合は再生できるが、ストレスで、自分の足を食べてしまった場合は、二度と元に戻らないという。
「西岡くん、また、ひとケタ間違ってるじゃないか!」
課長のどなり声が、経理課にひびく。
オレは、ダランと伸びきった自分の足を一本つかみ、口へ持っていった。
ムシャムシャムシャ。
極度のストレスを感じると、いつも自分の足を食べてしまうのだ。
「どふも、すひまへん」
「その気持ち悪いクセも、いい加減やめろと言ってるだろ!!」
課長のカミナリが、また落ちる。
クスクス―――。同じ課のOLたちが笑う。
「西岡くん、また足を食べてるわ。これで6本目よ」
オレは、社会人1年目なのに、もう2本しか残っていない。学生時代までは、8本全部そろっていたのに。
「そのうち、『ワサビじょうゆ』とかで、食べだすんじゃない?」
OLたちは、スカートからのぞく8本の太い足を、クネクネと器用に組みかえて、好き勝手なことを言っている。
「ちがうわ。『酢のモノ』にあえるつもりよ」
心配そうに見つめる、オレのカノジョと目が合った。
「大丈夫だから」
口をパクパクしながら伝えてみせるが、内心は裏腹。真剣に悩んでいる。
上司やお客にカジられるのは、再生できるからまだいい。でも、自分で足を食べてしまうこのクセは、どうにかせねば。頭部と胴部だけの人間になってしまう。
この会社にいる限り、オレは。
「よく、あんな情けない男とつきあっていられるわね」
OLたちが、カノジョまでも嘲笑しはじめた。
カノジョをバカにするな!オレは、残った2本で、女性たちのほうへ、スタスタと歩いていった。
「な、なによ」
「今どき、2本足で直立歩行なんて古いわ、あんた」
OLたちは、いつも、ストレスを発散できるマトがほしいだけ。
オレは、スウッと大きく息を吸うと、彼女たちの顔めがけて、真っ黒いスミを、ピャーピャー吹き付けてやった。
「キャー!!」
悲鳴が、みだれ飛ぶ。
バラエティのバツゲームのような光景に、カノジョはア然とした顔をしていたが、やがて、席から立ち上がると、オレのそばまでやってきた。
そして、うっとりとした目つきでオレを見つめ、8本の美脚を、2本足にヌルヌルと絡ませてくる。
―― あついあつい、キュウバン・フレンチキス ――
「そうよ。我慢しなくても、やり返してやったらいいの。時には、私の足を噛んで♂」
ゴホッ、ゴホッ。課長が、ゆでダコのように顔を赤らめる。
「オフィスで、そんなことは、ゴホッ、やめたまえ!」
カノジョが、課長に反抗。
「課長は、タコツボの中にでも、入っててくださいよ」
そして、オレの真っ黒な口に、自分の足のつま先をつっこんだ。
「もういいわ、こんな会社。残った墨で、一緒に、辞表書いちゃお♪」