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危険人物取扱者免許 (1分小説)
私は、22歳で、同級生の旦那と結婚した後に、彼が、カルト宗教の信者であることを知った。
聞けば、曾祖父の代からだという。
ろうそくを頭につけて、家の周辺を歩く姿は、奇異としかうつらない。
「毎晩、へんな歌が聞こえてくるんだけど」
「宙に浮く練習とか、してるんでしょう?」
新婚なのに、はやくもご近所中のウワサだ。何度もやめるように説得した。離婚届もつきつけた。
でも、離婚は戒律から反するし、脱退する気もないのだという。
「懸命に信仰すれば、死後、救済されるんだ」
私は、「危険人物取扱者免許」を取得するための、スクールに通うことにした。
「危険物取扱者免許」は、ガソリンや灯油、軽油類の取り扱いを容認する免許。
「危険人物取扱者免許」は、危険人物の取り扱いを容認する免許である。
教室は、満席。
子供の暴力で悩んでいる主婦、部下の素行不良に手を焼いている上司、隣人トラブルに巻き込まれたサラリーマン。
「カルト宗教信者に対してですが、まず、脱退を急かしてはいけません。家族や恋人が、反対すればするほど、本人は燃え上がります」
教官は、個別で私の悩みを聞いてくれた。
「警察や行政は、動いてはくれません。カルト宗教よりもカルトな集団、反社団体に依頼するしか、方法はありません」
次の日から、旦那の職場周辺は、街宣車で一杯になった。
「脱退しろー」とコーラスしながら、旦那の名前を連呼してくれている。
しかし、本人は「会社に迷惑は掛けられない」と言って、あっさり退職してしまった。
次の日、教官に報告すると、「ご主人は、重症のパターンですね」と言って、特別授業を組んでくれた。
「ご主人は、『死後に救済される』とおっしゃっているんですよね。本当に、信仰して救われたかどうかは、亡くなった人に聞いてみたら、一番よく分かるんじゃないですか?」
教官は、一本の線香を手にとって見せた。
「見た目は、普通の線香と変わりません」
【旦那の実家】
旦那が、仏壇に線香をあげると、白い煙の中から霊が現れた。
教官いわく、最新のプロジェクト・マッピングだという。
一家は「ひいおじいちゃん、そっくりだ」と騒いでいる。
「あなたは、死後、本当に救われたと思っていますか?」
私は、みんなの前で聞いてやった。
人工の霊は、弱々しく答える。
「いいや。死後の世界は、信仰通りではなかったからのう」
旦那が、私の顔を見て言った。
「残念でした。ひいおじいちゃんは、高齢者施設で、まだ生きてるよ」