盲導犬 (1分小説)
「たぶん、あなたのワンちゃん、もう目が見えてないと思うわ」
長年、保護犬のボランティアをしている私は、向かい側の交差点から歩いてきた盲導犬の歩き方が、気になった。
「ちょっと、指示に遅れて動いてるでしょう。はやく違うワンちゃんに代えないと、あなたの身が危ないわよ」
盲導犬と歩いてきた黒いサングラスの男性は、見知らぬ私に声を掛けられ、驚いた様子で立ち止まった。
「いや、メリーのいない生活なんて考えられない。もう6年間も一緒にいて、ボクらは一心同体なんです」
そして彼は言った。
「ボク、先天性の全盲だったんですけど、1年前から完全に目が見えるようになって。
それを知られると、メリーを盲導犬センターに返さなければならないから、まだ誰にも言ってないんです」
そんな奇跡みたいなこと、本当にありえるのかしら。
男性はサングラスを取り、私に顔を近づけた。
両目とも、黒目がとても大きい。
「移植手術を受けたの?」
男性はメリーちゃんの背を撫でた。
「交換、ですよ」
まさか。
「冗談です。今、ボクの瞳孔が大きく開いただけ」
サングラスを掛け直し、私に頭を下げた。
「待って。メリーちゃんの目も見せてよ」
男性とメリーちゃんは、振り返ることなく、雑踏の中に消えていった。
※フィクションです。