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夫のおつかいとすき焼き。

「ねえねえ、一緒に買い物行こうよ」
「ダメ。まだ私の熱が下がってないから、今日は出かけない」
「ええ!僕1人じゃ買い物つまんないもん」

三連休最終日に、我が家で繰り広げられた会話。
私は連休初日に発熱して以降、調子が戻らない。そのため、夫に買い物をお願いしたところ、1人は嫌だと駄々をこねられた。

「1人で買い物するなんて不安だよ。早く元気になってよ」
「こっちだって好きで熱出てるわけじゃないからね。明日のこと考えたら、今日はちゃんと休んでおきたい」
「1人で買い物行くと、盛り上がらないんだよ

ん?盛り上がらないって何?
そもそも食料品の買い物に、盛り上がりって必要?

「買い物の盛り上がりって何?」
「そりゃ、新商品見つけるとか盛り上がるポイントがあるじゃん。1人だとイマイチ盛り上がりに欠けるでしょ?」

なるほど。

とにかく、1人での買い物に気が進まないのはわかった。しかし、そうは言っても私の体調が悪い以上、ついて行くわけにはいかない。

「無理して出かけたら、長引いてみんなに迷惑かけるでしょ。だから、今日は1人で行ってきて。ほら、これが買い物メモだから。あちこち行かなくていいから、スーパーで買ってきてね」

私は買い物メモを夫に託し、送り出した。
夫は渋々、出発した。

すると、30分後、夫が電話をかけてきた。
何と、頼んでもないパン屋に行ってしまったらしい。

「久しぶりにパン屋のパン食べたくなったの。気がついたら着いてた。好きなパン買ってくよ」

むむ。
「気がついたら」とか言ってるけど、これは確信犯だ。パン屋行くのを、はじめから決めていたに違いない。

呆れている私をよそに、夫は盛り上がった様子で、電話を切った。

やばい。
あちこち行かなくていいって、わざわざ言ったのに、1人で盛大に盛り上がってテンションがおかしくなってる。
これは、嫌な予感しかない

5時間後。
夫は、こっそり帰ってきた。
物音を立てないよう、荷物をしまっているようだ。

夫がこっそり物をしまう時。
それは、無駄遣いをしてきたサインだ。

本人は気づかれていないと信じているが、残念ながら家族全員が知っている。
そもそも、こっそり帰る時点で怪しいのだ。

どこかで高価な物買ってきたな。

私は確信した。予感は的中したのだ。
しかし、問い詰めるにはまだ早い。
しばらく泳がせてみよう。

「あら、帰ってたの?おかえり」

夫に声をかけてみる。
すると夫は、ビクッとした。

「あ、ただいま。時間かかってごめんね。今日、牛肉買ってきたから、すき焼き作るよ」

そう言いつつ夫は表情をひきつらせた。
何かを隠しているのは間違いない。

私の視線から目を逸らしながら、夫は慌てて冷蔵庫を閉めた。すると、何かがつぶれるような音がした。

「今の音、何?」

私は冷蔵庫に近づき、恐る恐る扉を開ける。
何と、生卵が2個、ドアポケットとチルドコーナーの扉に挟まれ、グチャっと潰れていた。

「何でこんなしまい方してるの!もう!」

慌てて拭き掃除する私。
夫はオロオロするばかり。

すると掃除していた私の頭上に、何かが降ってきた。

サシが見事に入った、高級そうな牛肉。
飛騨牛ロース肉(すき焼き用)のパックだった。

え、飛騨牛!?
しかも、ロース!!

高級肉を隠したくて、慌てて冷蔵庫を閉めたのね…
自分で用意するって言ったのも、隠すためね。
考えたら、ふつふつと怒りが湧いてきた。
どうせバレるのに、なぜ隠すのか。

「こんな高い肉、どうしたの?」

私は努めて冷静に聞く。

「あ、ああ。こ、これね」

夫はしどろもどろ。
しかし、腹を決めたらしく開き直った。

「肉屋に行ったらいつもより安く売ってたの。ロース肉から声が聴こえたんだよ。食べてほしいなあって。だから、買った」

…肉から声が聴こえること、あるか!

突っ込みたいけど、ポイントはそこじゃない。

「スーパーって言ったのに、肉屋行ったの?それに、牛肉がいつもより安いって言ったって、結構な値段だよ」

そう。
いつもより安いとはいえ、普段のすき焼きで使う肉より、グラム単価が200円近く高い

「いや、だって、いい肉食べたいじゃん。たまには。サシの入り方は、オレの本気

知るか!
サシの入り方に本気度を重ねるな!

しかし、私がどれだけ怒っても、肉は生鮮食品なので返品はできない。肉屋も遠い。これを食べるしかないのだ。

諦めるしかなかった。
買い物を頼んだのは、私だもの。
病み上がりの体に鞭打って、食べるしかない。

夜、みんなで高級肉のすき焼きを囲んだ。
何も知らない子どもたちは、「この肉、柔らかいけど脂っこい」と極めて率直な感想を述べた。
それでも夫は、大好きな日本酒を片手に、ニコニコとご機嫌だった。

目の前の鍋は、ふつふつと煮えている。
鍋の様子は、頭上に飛騨牛ロース肉が落ちてきた瞬間の、私の気持ちそのものだった。

今後、夫だけの買い物は控えよう。
私は、固く心に誓った。

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