漫画みたいな毎日。「3、という数字の難しさ。」
「3」という数字から、皆さんは何を想像するだろう。
「3」という数字はマジックナンバーとも言われているそうで、(特に意識したことはなかったですが・・・)「3の法則」の定義とは、「根拠が3つあるとそれらしく感じる傾向」だとか。
姪が来道し、1週間くらい滞在していたときの出来事。
3月にも遊びに来てくれて、楽しい時間を過ごしていたので、子どもたちも楽しみにしていた。姪は19歳。今回は21歳の甥はアルバイトが忙しく一緒に来ることができなかった。姪は大学が夏休みの期間にアルバイトを掛け持ちし、北海道に来る費用を溜めていたようだった。
今回の滞在中、子どもたちの間に不穏な空気が漂うことが多々あった。
原因は「3」という、この数字だと私は思っている。
ビジネスでは、引用したように、「3」という数字は「マジックナンバー」だが、人間関係においての「3」、三人は、バランスが難しい気がする。
姪と長男は、年齢が近い、といっても5歳離れているが、長男は年上の友達も多く、そういった交流に慣れている。前回は甥も居たので、甥姪、長男、二男と4人で交流することが多く、末娘はその隙間にちょこっと入って遊んでいる感じだった。
今回は姪、長男、二男の三人が交流のメイン。どうしても姪と長男で盛り上がる場面が多くなる。二人で盛り上がれば盛り上がるほど、二男は顔をどんどん曇らせていった。
「誰にも言わないで」と市内観光で歩いている時に、二男が泣きながら、私に心の中のモヤモヤを懸命に訴えていた。あまりにしゃくりあげるので、言っていることを聞き取ることが困難な部分もあった。
ヤキモチ、であり、疎外感でもあり、自分がそこにいなくても楽しいのだろうという、そんな気持ちになっている様だった。
末娘は、まだ年齢も小さいこともあるだろうし、普段から三兄妹の中で、兄たちが二人だけで盛り上がることを目の当たりにして、羨ましく思いつつも、「自分はそこに入れない」ことを受け入れ、自分なりに楽しむ術を知っているように見える。彼女は、〈3人の中でひとりになる〉という経験を一番、多くしていると思う。
二男は兄妹の真ん中で、いつでも兄なり妹なりと過ごして、3人の中で〈ひとり〉になることが少ないかもしれないな、と今回の出来事を通じて振り返る。
私にも6歳離れた姉がいて、従姉妹たちは皆年上で、会話に入れず、寂しいような所在なさを感じていた。姉が友達や従姉妹たちと楽しそうにしていたり、友達と遊ぶのに忙しく、相手にされないことも多かったので、「姉にとって自分は居ても居なくても良い存在なのだろう」と思ったことも1回や2回ではなかった。思い込みが激しかったのかもしれないけれど、「お姉ちゃんは、私のことが好きではないのだ」と思っていた。それくらいの疎外感と自分が蔑ろにされた感覚を覚えたのだ。勿論、姉本人に聞いたら、「そんなつもりはなかった」というし、実際にそんなつもりはなかったのだと大人になった今は理解できる。
二男の気持ちも、ある程度、理解できる。私とは違う人格であるので、二男の気持ちそのものを完全に〈わかる〉とは言えないが、同じような経験をしたことを思いだして、私も切なくなった。
「まったく同じではないだろうけど、その心境に近い感覚はわかるよ、お母さんも沢山、そういう思いをしてきたよ。」
他に言える言葉が見当たらない。
あるよね、あるよね、そういうことって。
3人というバランスは難しい。学校などでも、仲良し3人組のバランスの難しさに悩む子どもたちの話を耳にしたり、そういった情報を目にすることもある。
〈時間が経過することでしか、解決しないこと。〉
私の場合は、年齢を重ねて、姉との関係性が対等になった時に、そのような気持ちが薄れた。
6歳という年齢の差は永遠に埋まらないけれど、小学校1年生・6歳と中学校1年生・12歳の〈6歳差〉と、50歳と56歳での〈6歳差〉とでは、その意味合いがまったく違うだろう。
二男が、自分の中に湧き上がる複雑な気持ちに戸惑っているとも見受けられ、なんとも切ない気持ちになった。
だからといって、私がどうにかできることではない。
そういうこともある。
辛いし、悲しいし、寂しい。
大好きだからこそ、仲良くしたい。
楽しく過ごしたい。
一緒に遊びたい。
仲間に入って、笑いたい。
簡単に割り切れることではないけれど、「あのときはそんな気持ちになったなぁ。」とちょっと切なくも懐かしい気持ちになる日が、きっとやってくるから。
こんな複雑な気持ちを抱くようになったのも、彼の成長。
ちょっと苦しくて、切ないけれど。
「3」はマジックナンバー。
学びの多い数字なのかもしれない。