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食欲暴走モンスター 〜米が消えた日〜
米がない! それでも次男はおかわりを叫ぶ。
我が家の食卓に突如として訪れた「米不足の危機」。
食費を抑えるために、米を主食とする食育を進めた結果——次男の食欲が暴走した。
そんな中、米が市場から消えた。
これは、ある一家の「米を巡る攻防戦」の物語である。
次男の食欲が異常だ。
唐揚げをひとつ口に運ぶごとに、ご飯を1杯。
つまり、からあげクン5個で、白飯5杯が消える計算である。
愛媛県民なら誰もが知る、みゅんへんの唐揚げならどうなる?
あれを出したら、3合は確実に平らげるぞ。
食べ盛り到来か?
バカな、早すぎる。
まだ小学1年生だ。
本当の食べ盛りは、これから来る。
このままでは、食費が天井知らずに跳ね上がる。
そんな未来、耐えられるわけがない。
だからこそ——先手を打った。
教育という名の洗脳である。
肉や魚で満腹にしていたら、エンゲル係数が振り切れる。
とにかく米だ。
米でヤツらの腹を満たすのだ!
「この刺身、ご飯に合うねえ」
「唐揚げ、お米と一緒に食べると最高だよな」
「焼肉はやっぱり白飯と一緒に食べるとうまいなあ」
こうして彼らの中に、「食事=米」という絶対的な価値観が埋め込まれた。
更に訳のわからぬ精神論で追い討ちをかける。
「日本人なら——お茶漬けやろ!」
ラモスか。
「いや、もとい米やろ!」
その結果——
子供たちの米とおかずの比率は、江戸時代の庶民と完全に一致した。
これは、我が家の家計を守る完璧なシステムだ。
どれだけ米を食べようが、所詮、米なのだ。
肉でも魚でもない。
我が家の”家計防衛政策”は、見事、大成功を収めるはずだった。
…こんなことさえ、なければ。
そう——
「米、暴騰」
これはなんとかせねばと、とりあえずネットで検索をする。
玄米30kgで25,000円?
嘘だろ、今まで8000円くらいだったぞ。
3倍? インフレ率2%目標はどこへ行った。300%越えとるやないか!
ハイパーインフレ待ったなし!円がゴミクズになるぞ。ジンバブエドル! アルゼンチンペソ! ジャパン円? 世界三大トイレットマネーになってしまう!
「送料無料だから、送料分が上乗せされてるのかな?」
興奮する私に、妻がのん気に言った。
「産直なら安く買えるかも?」
なるほど、送料は価格に盛り込んでの商売って寸法か。ふてえ野郎だ。
ならば、こちらから出向いてやろうではないか。待ってろよ、米!
そう心に決めた、その日の夜。遂に次男の食欲は暴走を始めた。
焼肉屋での次男——
まず、登場したのは「ご飯(中)」という名のどんぶり飯。これを最初のタン2枚で平らげる。食欲の暴走列車出発進行!
「おかわり!」
再びご飯(中)が運ばれる。今度はカルビ1枚とナムルで食べる。食欲の暴走機関車トーマス、フルスロットルだ!フォフォー!
「おかわり!ご飯大で!」
バカな!? 正気か? そこはもう日本昔ばなしの世界だぞ!?
金太郎か!? クマにまたがる気か!?
——3杯目のご飯(大)を食べ終えると、さすがに食べ過ぎだと思ったのか、次男は茶碗を見つめながら弱腰になった。
「……おかわり、いい?」
いいわけない。
お前の胃袋は、四次元ポケットか!?
「ダメ。食べ過ぎ。」
妻がキッパリと言う。
よく言った、妻よ。 この食糧危機、夫婦で協力しなきゃ乗り越えられない。夫婦二人三脚、食欲暴走モンスターを止めるのだ!
そう決意した瞬間、妻がさらりと言った。
「ご飯はもういいよね。ほい、こっち。」
そう言って、差し出されたのは——ビビンバ。
コメーー!!
米や!それも結局米やねん!!!
お前の辞書に“米”以外の選択肢ないんかーーい!!!
なぜだ!?
妻の米図鑑に、ビビンバは載っていないのか?
摩訶不思議すぎてアゴが外れるわ。
なんてことだ。夫婦二人三脚、力を合わせて苦難を乗り越えるなんて迷信だ。
何せ、人生最大の苦難が夫婦二人三脚だったのだ。
もうこんなトンチンカンな妻に任せておけない。
着いてこい、妻よ! ここから先は俺が指揮を執る!
——こうして週末、意気揚々と郊外のホームセンターへ向かった。
産直コーナーに行けば、大袋の玄米が並んでいるかもしれない。
そんな希望を胸に、車を走らせた。
しかし、現実は甘くなかった。
「米、ないですねぇ」と店員が答える。
棚にはぽつんと5kgの米袋が3つ。値札には 3,800円 の文字。30kg換算で 約23,000円。配送料の概念はどこへ行った?通販と変わらんじゃないか。
この重たい米を、あの黒猫たちはいくらで運ばされている?
黒猫だけに、やっぱりブラックなのか?
しかし、この高騰分は いったい誰の懐に消えているのか。
——全くもって、複雑怪奇である。
いや、値段が高いのはわかっていたことだ。それは甘んじて受け入れよう。どうせ流通はどこかでしっかりピンハネしているに決まっている。問題はそこではない。そもそも米がないのだ。
次に向かったのは、お正月に訪れた産直。あのときは品薄だったが、米だけは計り売りしていた記憶がある。
しかし、量り売りの米が入っている大きな透明の箱を見ると、隅の方に、茶碗一杯ほどの玄米が、ひっそりと佇んでいる。
雀の餌か? ここは何の産直だ? 鳥専門か?
米はどこへ消えたんだ…。
調べてみると、大阪万博に向けた備蓄、海外への輸出、転売ヤーの買占め——。
何が真相か知る由もないが、いずれにしても金儲けのにおいしかしない。
まったく、日本はどうなってしまったんだ。
私は、日本の米流通の闇を憂えていた——。
「もう遅いし、コーヒー買って帰ろう」妻がのん気に言った。
「コーヒー? コーメーでなく?」適当に返事をしておいた。もう話が通じる気がしない。
妻は、厄介ごとに直面すると、さっさと別の世界に行ってしまう。
現実と向き合うより、コーヒーと甘いもので満たされたほうが気が楽なのだろう。
私だってできることならそうしたい。
だが、確かに 辺りはもう茜色に染まっている。
仕方がないので、車で家に向かった。
道中、私はずっと米について考えを巡らせていた。
だが、妻はスマホを見ながらコーヒーを飲み、時折、産直で買ったサーターアンダーギーを食べている。鼻唄まで出る始末だ。
スマホをチラリと覗いてみる。
画面は、あの見慣れた緑の画面。
こんな時に、いったい誰と連絡を取っているのだ。
今夜の米が、我が家の食卓にのぼる最後の米かもしれないというのに——。
「おかわり!」
「いや、おかえりや!」
家に帰ると、次男がふざけた迎え方をする。だが今の私には、とうてい笑えない。
今宵も次男の食欲が止まらない。
米の減り方が異常だ。比率は米9:おかず1。
どう食べたらそうなる? 観察してみる。
まず一口目。普通なら、味噌汁で箸を湿らせる。だが、違う。
白飯! いきなりの白飯!!
それにしても、箸の使い方が上手くなった。
まだ完璧ではないが、親としては目を細めたくなる。
……と、しみじみしていたのも束の間。
気づけば茶碗のご飯が、もう半分以下になっているではないか。
おかしい。おかずはほぼ無傷。
転がる唐揚げ、かじられた痕がひとつ。
——何が起きている?
じっくり観察してみると、次男は おかず→米 → 米 → 米 という驚異のコンボを決めていた。
白米がみるみる口に吸い込まれていく。
——お前の口の中、どんな構造してるんだ?
あんなに小さな顔をして、どこにそんな収納スペースがあるのか。
口の中に入った米たちも、「中は意外と広いんですね〜」と渡辺篤史風に言うだろう。
そうこうしている間に次男は2回目のおかわりを敢行。
妻が無言でよそったそのご飯の形に、私は目を疑った。
……お供えか?
まさに仏壇の前に置く、あの三角形のご飯だ。
何に手を合わせるつもりだ? 「米、ありがとう」とでも祈るのか?
いや、違った。トンチンカンではあるが、これは次男のエンドレスおかわりに対する、妻なりの工夫だったのだ。
そして、ご飯3杯を食べ終えた次男。
ここでフィニッシュかと思いきや——
「おかわり!」
……いや待て、おかずはもう残っていないではないか。最後に味噌汁でご飯を流し込んで締めるつもりか?
私は、次男の最後の一手に注目した。
米を口に入れ、やはり味噌汁に手を伸ば……さない、さない。さないで、やはり米。そしてまた米。
こいつ、米をおかずに米を食べている!?
これはもう、米の無限ループ、米米クラブ、まさに“浪漫飛行”やないか!!
ついに"おかず"という概念は崩壊した。彼にとって、米はメインディッシュであり、サイドディッシュなのだ。
「すごいね、いっぱい食べるね!」
妻がまた呑気な事を言っている。
この食糧危機を理解していないのか!?
全く話にならん。そう思った次の瞬間、妻が驚きの一言を放った。
「お母さんの職場の人がお米作ってるって言うから、そこで買わせてもらえることになったよ。」
……何!?
「30キロで8000円くらいだって。」
神か!?
聞けば、妻は帰りの車中、人脈を使って、米農家と繋がっていたのである。
話にならないのは、農家でありながら、米農家との繋がりのない私であった。
こうして我が家の食卓は救われたのである。
「さすがです、親分。一生ついていきやす!」
——我が家の食欲暴走モンスターは、今日も元気に米を食べている。
次男の食べる姿を見つめながら、ふと考えた。
米は、日本人が築き上げた「庶民の主食」「日本の食の土台」だ。
安くて、腹持ちがよくて、旨い。
その米文化が、今まさに危機に瀕している。
こうして、腹いっぱい食べられるのは、やっぱり幸せなこと。
それを、誰かの都合で奪われていいわけがない。
子や孫の時代にも、当たり前に——
いや、もっと誇らしく、米を食べられる世の中であってほしい。
よし、米を作ろう!
妻よ、差し当たりトラクターを買うのに1000万円必要だ。
……いや、米30キロ500袋買えるわ!
「おかわり!」
「だから、食べ過ぎ!」
次男の茶碗に、白米がこんもりとよそわれる。
まるで、小さな山のようだ。
この光景が、いつまでも変わらず続いてほしい。
我が家の食卓は、今日も、米と笑いで満たされている。
ところで、みなさんの家でも
”〜モンスター”いますか?
コメントで教えていただけると嬉しいです!
次回はもう1人のモンスターを紹介します。
次回予告
『理不尽モンスターの育て方』
謝罪無視、被害者ムーブ、無敵の自己主張。
そして、理不尽は家庭内で猛威を振るう——!
次回更新:月曜予定! フォローしてお待ちください!