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短編小説 「顔なしの仮面」


鏡に映る自分の顔をじっと見つめた。

そこに、僕の顔はなかった……。


整った鼻筋、鋭い目元、彫刻のような顎のライン。高校時代の自分とはまるで別人だ。32歳になった今、大手飲料メーカーで働き、出世コースを歩んでいる。外見も仕事も、順風満帆だと言える。

ただ、心の奥底には、あの頃の記憶が鮮明に残っている。高校時代、好きだった女の子に「ブス」と言われたあの日。教室のざわめき、彼女の冷たい視線、クラスメートたちの嘲笑。それ以来、僕は自分の外見に深いコンプレックスを抱くようになった。

大学に進学し、就職活動が近づくにつれ、このままではいけないと思った。アルバイトで貯めたお金と親からの仕送りを使い、思い切って整形手術を受けた。痛みや不安もあったが、新しい自分になるための代償だと信じていた。

手術後、鏡に映る自分は自信がみなぎっていた。これが僕なのか。この世の物、全てを手に入れたような感覚だった。以後、僕は就職活動で堂々とそれを振る舞った。その結果、大手飲料メーカーから内定をもらい、周囲からも期待される存在となった。

仕事は順調だった。プロジェクトは成功し、上司からの評価も高い。社内では女性社員たちからの視線を感じることも増えた。初めてのデート、初めての恋人。学生時代には経験できなかったことが、次々と現実になっていった。

しかし、長続きしなかった。最初はうまくいっても、いつの間にか距離ができ、別れが訪れる。なぜだろう。問題はないはずだ。

そんなある日、取引先の広告代理店との打ち合わせがあった。会議室に入ると、見覚えのある女性がいた。高校時代の同級生だ。彼女は僕に気づいたのか、一瞬目が合った。気づかれるのは嫌だ。資料に視線を落とし、なんとかこの場やり切るしかない。しかし、彼女の視線が刺さるように感じた。

打ち合わせ後、彼女が近づいてきた。

 「もしかして……」名前を呼ばれ、逃げられないと悟った。

 「久しぶりだね」

 「変わったね。最初は誰だかわからなかったよ」

その言葉に、心臓が跳ねた。

しかし、彼女の表情には、引きつりと笑みが混ざっているようだった。その場の空気は学生時代となんら変わらない。どんよりとした見てはいけないものを見ているかのような空気。

なんら変わらない、一度目も二度目も同じような空気が流れる……。そう、みんな息をのむ。あの頃も今も。

会社に戻る道すがら、胸の中がざわついていた。彼女は何を思ったのだろう。昔の僕を知る人間に会うことは避けたかった。

オフィスに着き、デスクに座ると、女性社員たちの笑い声が聞こえてきた。何気なく耳を傾けると、「あの人、何か怖いよね」「見た目はいいのに、近寄りがたい」という声が聞こえた。自分のことだと直感した。

なぜだ。外見を変えたのに、なぜ人は離れていくのか。答えが見つからないまま、日々が過ぎていった。

夜、バーで一人グラスを傾けながら考えた。結局、女性たちが理解できないのだ。自分の良さをわかってくれないのは、彼女たちのせいだ。

そう思い込むことで、心の安定を保とうとした。

翌日、社内の廊下で女性社員たちが話しているのをまた耳にした。

 「なんか、あの人ってブスだよね」

一瞬、頭が真っ白になった。自分がブスだと?そんなはずはない。僕は完璧なはずだ。

その言葉が頭から離れなかった。結局、人は見た目だけでは評価しないのか。それとも、僕の中身に問題があるのか。混乱と苛立ちが募る。

整形後も誰かが僕のことを陰でコソコソ言う「あの人見て」「ほらあれだよ」「やばくない」「近づけないよ」どれもこれも学生時代から散々言われ続けてきた。周りが変わることはなかった。

変わったのは上っ面だけ。誰も僕を理解してくれない。理解者がいない場所にいる意味はない。会社を退職する決意をした。

それから二年後、僕は恋愛評論家として本を出版した。タイトルは「ブスの人権」内容は、ブスを揶揄し、彼らの生き方を批判するものだ。ブスには詳しいから、スラスラ書けた。ブスのひねくれ、ブスの思考回路、ブスのメンタル。なんでも知ってる。

世間からは賛否両論が巻き起こった。しかし、僕には関係なかった。自分の思いをブスになすりつけることで、心の中の何かが満たされる気がした。

闇に染まる道を歩んでいるのかもしれない。でも、それでいい。

誰も僕を理解しないのなら、自分だけの世界で生きていくまでだ。




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