記憶 Ⅰ
いまでも
あの石の部屋の
空気は乾いているのだろう
月曜日に
降り始めた
雨が
水曜日にあがり
遅い午後の
陽射しが
戻ってきた
九月の石の部屋
魚(うお)は
話しかけているのに
沈黙したままだった
海鳴りが
遠くから聴こえてくる窓辺に
魚(うお)は 内耳をあて
酸欠のためか
二度、三度
口をパクパクさせた
喀血しながら
魚(うお)は
語るべき言葉を
探しあぐねていた
あれから 十年
言葉は 像(イメジ)と婚姻し
こころを
遠く離れ去った
ワタシノ カラダカラ
血ノ潮(ウシオ)ガ ヒイテユク
津波ガ押シ寄セル
マエノ海岸線
ミタイニ
ミルミルウチニ
アトズサッテユク
きっと
そう言いたかったの
だと思う
そう思う
石の部屋の
空気は
まだ
乾いたままで
黄昏れた
像(イメジ)の空に向け
非在の煙突から
ひとしきり
嘘くさい
夜を 吐き出している
さきぶれもなく
背後を
月が襲い
ねじれの位置から
もう一度
海岸線が
せり上がってくる
魚(うお)は
帰れない
帰れない
ということ
を 知らないから
ああやって
口を曲げ 笑っている