映画『ミリキタニの猫』
2006年/製作国:アメリカ/上映時間:74分 ドキュメンタリー作品
原題 THE CATS OF MIRIKITANI
監督 リンダ・ハッテンドーフ
予告編(日本版)
予告編(海外版)
STORY
物語は、ニューヨークにてホームレスを余儀なくされているミリキタニと名乗る老人に、監督(リンダ・ハッテンドーフ)が声をかけ、彼の描く「猫の画」をもらうかわりに写真を撮る約束をしたところから始まる(監督は映像も撮り始める)。
しかし9か月の交流を経たところで、2001/9/11に同時多発テロ事件が起きる。監督はビルの倒壊により発生した有毒ガスからミリキタニを守るべく、自らの自宅へと彼を招く決断をすることとなる。
それを機に本作は予想だにしなかった新たな展開を見せることとなり、過去から現在に至るまで深く隠され続けている戦争の歴史を、図らずも掘り起こしてゆくこととなる。
レビュー
監督の人柄と目線はとても優しく、その優しさを発端として、小さな奇跡が生まれ、多くの人々を結びつけてゆく。
ミリキタニの描く猫は、とても可愛い。
しかし観客は最終的に、その猫は「ただのかわいい猫ではない」ということを知ることとなる。
何故、ミリキタニは猫を描き続けるのか。
監督のリンダ・ハッテンドーフはとても優秀で、日常の映像を用いながらサラリと、しかし明確に、戦争についての分析を行ってゆく。
TVからは「人間は恐怖から過剰反応することを歴史は教えています」という音声を拾い、新聞からは「アラブ系アメリカ人があぶない」との記載を拾い、ターバンを巻いた一般の男性が、道を歩いていたら突然殴られたという情報を紹介する。
第二次世界大戦中のアメリカで起きたことが、インターネットの普及した2000年代のアメリカでも、同時多発テロ後に全く同じように起きていったという事実を、この作品は静かに捉え、記録し、残してゆくのだ。
ツールレイク日系人強制収容所とグアンタナモ湾収容キャンプ。
ヒロシマとアフガニスタン。
人々の恐怖に対する反応と無知。
戦争というものの正体。
ミリキタニ曰く、「ゴーストピープル(戦争で犠牲になった人々)を忘れてはいけない。彼らはやさしかった」と。
戦争という愚行が、その終了後も、如何に多くの人々に深い爪痕を残し、苦しみと悲しみを与え続けるのか。そして人生や命を奪うのかを、本作は鮮明に描き切る。
しかしリンダ・ハッテンドーフの視線は、「生きることの悲しみ」にではなく、「生きることの喜び」に向けられており、鑑賞後はとても温かい気持ちとなるのが素晴らしい。
心に残る、傑作である。
監督の言葉等(ネタバレあり)
リンダ・ハッテンドーフ監督の言葉
本作の最大の見どころは、ふたりの人間が偶然出会い、互いに気遣う時間を重ねることにより、双方の絆が深まり、さらにはお互いの人生が好転してゆく点にある。
ミリキタニはホームレスを脱し、過去の呪縛から少しずつ解放されてゆく。すると彼の他人への信頼は徐々に回復してゆき、笑顔は増え、表情も言動も穏やかになり、長く失われていた他人との関係性も急速に取り戻してゆくこととなる。
そして最後には、奇跡と言っても良い再会が彼に訪れるのである。
また監督は、思ってもみなかった傑作ドキュメンタリーを完成させることとなり、その過程において歴史や社会システムへの考察を深め、その人間関係と活動の幅をさらに広げてゆくこととなる。
本作には「平和」の素晴らしさ、そして人間の持つ優しさの可能性が、力強い光を放ちながら、どこまでも輝いている。