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一人称(主観)、斬新なコンセプトを生み出す視座
この記事では、一人称である自分の感情や気づき(主観)を第三者の視点に広げることで、共感を呼ぶ斬新なコンセプトを創ることについて考えます。
iPS細胞由来の臓器移植が行われるようになった社会を想像する
臓器移植法が施行されてから、2022年10月16日で25年になりました。日本臓器移植ネットワークによると、臓器移植件数は年間300〜400件になっています。一方、移植を待っている人は約15,000人、わずか2〜3%の人しか移植を受けられない状況です。特に腎臓の移植を待っている人は多く、平均待機期間は15年にもなります。
そこで期待されているのがiPS細胞です。究極は、iPS細胞から臓器を作って移植をするというものです。現状、完全な臓器を作るのは難しく、細胞移植の方が先に行われると考えられています。まだ遠い将来のことかもしれませんが、iPS細胞から臓器が作られ移植されるようになったら、社会はどのように変化するでしょうか?
2019年2月、恵比寿映像祭でアーティストの岡田裕子さんが、この未来社会を描いた作品《エンゲージド・ボディ》を発表しました。
岡田さんは、自宅で健康保険証の裏に臓器提供に関する意思表示欄があることに気づき、他人の臓器を移植されるということはどういうことか想像しました。
死後、ドナーとして身体の一部を提供するということは、自分は死んでも他者の身体で一部は生き続けるということではないだろうか? そして、身体の一部を受容する側は、他者の身体により生かされている。赤の他人とはいえ、これは「結婚」よりも「愛のある性行為」よりも極めて強力な人間の関係かもしれません。
そして、iPS細胞由来の臓器移植を自分が受けたときにどのように感じるかを思い描きました。
ドナーとレシピエントの間での記念として、再生した内臓の一部をスキャンしたものをジュエリーとして贈り物とするという文化が芽生えます。互いに名乗り合うことが許されない代わりに、婚約指輪のような、契りの証としての「エンゲージド・ボディ・ジュエリー」で互いの身体の関係を確かめ合うのです。
作品は、岡田さん自身の臓器を3Dスキャンしたデータからジュエリーを制作、伝統的な金箔技法で仕上げました。ジュエリーを贈り合う社会が到来したらとても素敵なことですね。
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未来を分析して予測する
先日、MBAでのアート思考の講義で、学生の皆さんに、岡田さんと同じように、iPS細胞由来の臓器移植が行われるようになったらどんな社会になるかを想像してもらいました。「多くの人が移植を受けられるようになると、寿命が伸び高齢化がさらに進むのではないか」、「生き方や価値観が変わるのではないか」、「保険がいらなくなる」、「移植のためのメディカルツーリズムができる」など、多様な意見が出てきました。そのうちの7割ぐらいは、客観的に分析して考え出したものでした。
岡田さんは主観的に、移植を受けたとき、ジュエリーを贈って感謝の気持ちを表すことができたら素敵だと描いたのとは、ビジネスパーソンの思考は違っていたと思います。
主観(一人称)からはじめて、客観性をもたせる
アーティストは、自分の興味、感情、信念など主観をもとに作品制作を始めることが多い。しかし、自分の話のままで終わってしまうと、多くの人から共感を得ることは難しくなってしまいます。第三者の視点も入れていくことで、多くの人に響く作品になっていきます。岡田さんの場合は、ジュエリーという、大切な人への贈り物のエースを作品にすることで客観性を出しています。
新しい事業を立ち上げるときにも、主観的な事象がきっかけとなって、客観性をもたせて事業に仕上げていくケースがけっこうあります。
自分の体験から始めたAirbnb
例えば、Airbnbもその一つ。Airbnbは、ブライアン・チェスキー、ジョー・ゲビア、ネイサン・ブレハルチクの3人によって設立されました。
ブライアンとジョーは、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインで出会い、卒業後の2007年、サンフランシスコでルームメイトをしていました。サンフランシスコは、カンファレンスが開かれると関係者ですぐにホテルがいっぱいになってしまいます。二人は、インダストリアルデザイン会議が開催されたときにエアベッド&ブレックファストの初期コンセプトを作り出しました。3 つのエアベッドを膨らませて、自家製の朝食を提供することで、居間を小さなB&Bに変えたのです。
マイケル、キャット、アモルの 3 人のゲストを迎えました。エアベッドの枕元にはおまけの袋が置いてあります。そこには、地下鉄のパス、サンフランシスコの地図、ホームレスの人たちに渡す小銭が入っていました。ブライアンとジョーはゲストをなじみのタコス屋からスタンフォード大学のデザインスクールまで様々なところに連れて行くなど、斬新な発想で彼らをもてなしました。ゲストは見知らぬ人として到着しましたが、友人として去っていったのです。
この経験がとても筆舌に尽くし難いもので、世界中の人たちにホストになってもらって同じ経験をしてほしいと、Airbnbを設立したのでした。ホストたちとミーティングをもち、どうしてこのビジネスをはじめたのか、何を成し遂げたいのかという自分達のストーリーを話すことを繰り返しました。これによって、ホストたちはAirbnbの熱狂的な支持者になったといいます。
一方で、仕組みの改善を続け、web上に記載したホストのプロフィールを適切な長さに調整したり、家賃を市場の価格に合わせたりしてきました。客観的にビジネスをチューニングしたことで、市場に受け入れられたのです。
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まず主観的な直接経験がある
一橋大学名誉教授の野中郁次郎さんも、人間の創造活動は、主観的な直接経験(アート)が出発点になると指摘しています。
「いま・ここ・私だけ」の生き生きした日常の世界のなか、個別具体の文脈において、目の前の現実を意味づけながら生きている。その質感(クオリア)は、自分の直接体験による主観や思いによるものであり、「一人称」である。それはアートの世界だ。
主観的な意味や価値を、「いつでも・どこでも・誰でも」が共有できる客観に転換するのが、サイエンスである。それは客観性という点で「三人称」だといえる。
一人ひとりに蓄積される身体知であるアート(一人称)と、客観化され、普遍化された形式知であるサイエンス(三人称)の双方が、経営の世界にも必要なのだ。その順番は、まず人間の主観的な直接経験ありきで、そのうえでのサイエンスであり、逆ではない。
『野性の経営 極限のリーダーシップが未来を変える』
これまでみてきたように、アートにおいても、事業創造においても、一人称(主観)で感じることから始めることが大切です。野中先生は、さらに「主観的時間」と「客観的時間」があると言います。「客観的時間」では「いま」は点、過去は消えて行き未来はまだやってきません。一方の「主観的時間」の「いま」は過去も未来も含む幅のある「いま」になります。
われを忘れて仕事に没頭しているときは時計の針が進むのが早いでしょう。それこそが「主観的時間」です。心理学者ミハイ・チクセントミハイのいう「フロー体験」や仏教の「無我の境地」がそれです。
そして、イノベーションをはじめ、「創造的な物事」は、「主観的時間」でわれを忘れて没頭することからしか生まれません。
「いきなり成功を求める」から、人は育たない
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私たちはつい、データを集めて分析する客観から着手してしまいがちです。一人称(主観)から始めるにはそれなりに覚悟がいることです。しかし思いもよらない沃野に出会うことができます。一歩踏み出す勇気をもって挑戦していきたいものです。
最後に、寺田寅彦の句を紹介しましょう。
客観のコーヒー 主観の新酒哉