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夫婦喧嘩は犬も食わないと言うけれど ~河野裕子・永田和宏著「たとへば君 四十年の恋歌」のこと
日本古来の詩が歌という「定型詩」であったのには、理由があったと思うのです。
言葉には「言霊」があり、そしてそれは感情的な言葉に最も宿る、もしかすると古代の日本人はそう考えたのではないか。
僕たちの感情というものは、大体において人間関係の中で生まれるものです。愛、喜び、怒り、悲しみ、そういった感情は、誰とも触れ合うことなく一人で暮していたならばあまり生まれないものでしょう。
そう考えると、歌というものはそもそも誰かに贈り、贈られるもの、相聞歌であったのかもしれない。
たとえば、僕たちが誰かに贈り物をするとき、裸で渡したりはしませんね。必ず風呂敷なんかでちょっと包んで渡します。その包み、それが歌の「型」なんじゃないか、と。
抑えきれない感情をそのまま出すのではなく、歌という「型」にはめることで「言霊」が持つ負の部分を抑制したり、あるいは陽の部分をより強調したのかもしれない。
そんなことを思うのです。
ーーー
さて、本書は河野裕子さんと永田和宏さんの出会いから恋愛、結婚、子育て、河野さんの闘病、そして死に至る40年間の相聞歌を集めたものです。
永田さんは言います。
「私たちはこの四十年間、二人とも、ほとんどの期間にわたって、十首に一首ほどの頻度で、相手のことを詠ってきたことになる。まことにヘンな光景でもあり、それをこのような形で公にするのは、ある意味羞しいという気分はもちろんある。
しかしいっぽうで、こんなふうに歌を通じて、互いに思いを伝えあってきた夫婦があったということも事実なのである。」
そんな本書の中心は
たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか 河野
あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまでおれの少年 永田
というような恋人時代から、
さみしくてあたたかかりきこの世にて会ひ得しことを幸せと思ふ 河野
歌は遺り歌に私は泣くだらういつか来る日のいつかを怖る 永田
というような河野さんの晩年までのお互いに対する愛の歌が中心です。
でも男と女が一緒に暮らすということは、当然のことながら「好きだ」「愛してる」だけではすまないもので、喧嘩もすれば不満もたまります。
僕は本書の中の、そんな負の感情を詠った歌がとても印象に残ったのです。
そこで、本書に収められたそんな歌をちょっとご紹介。
まずは河野さんの歌
男憎し苦き憎けれどさしあたりざんぶ熱き湯に耳まで浸る
一方、永田さんは
あきらめて得る平安と人は言えど、われも思えど、樹々を揉む風
なんてね。どうです。お二人ともなかなかいい勝負だと思いませんか。
女性陣は河野さんのこんな歌にうんうん肯く方も多いのでは。
かんしやくが夢の中でも爆発し亭主を蹴りし勢ひに覚む
振りむきて道具箱のありかをわれに聞くこの家の人にあらざり君は
厳しい!
僕は独身だけれど、男ですからね、永田さんのこんな歌に激しく共感するのです。
とげとげともの言う妻よ疲れやすくわれは向日葵の畑に来たり
吾と猫に声音自在に使いわけ今宵いくばく猫にやさしき
不機嫌の妻の理由のわからねば子と犬と連れて裏口を出づ
荒れている妻を離れて子と作るありあわせとうむずかしき技
……しまった。ついつい多くなってしまいました(汗
「不公平だ!」とお怒りの女性陣のために河野さんの歌ももう少し
じやがいもを買ひにゆかねばと買ひに出る この必然が男には分からぬ
いつまでも子供の妻と思はれて切符買いくるる出町柳に
「夫婦喧嘩は犬も食わない」なんて言いますが、いやいやこの二人の夫婦喧嘩短歌は面白すぎますw
きっとそれが短歌という詩型の力であり、そして歌人としてのお二人の力なのでしょう。歌を詠むということは生活の甘味も苦味も味わい尽くすことだと。
そのことが永田さんのこの歌に表れていると思うのです。
いい夫婦であつたかどうかはわからねどおもろい夫婦ではあつたのだらう
……だけど、別れは必ず訪れるもの。充実した日々であったからこそ、それがもう訪れないということの喪失感もまた、深く重いもの。
出来るだけ湿っぽくないレビューにしたかったのだけれど、やっぱり最後はそういうわけにはいきません。
最後は永田さんの挽歌より。
あほやなあと笑ひのけぞりまた笑ふあなたの椅子にあなたがゐない
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