アニメになった児童文学から見えてくる世界<9>:カトリの故郷フィンランド
フィンランドという北欧の国に興味があります。
ロシアとスウェーデンという大国に挟まれ、両国からは緩衝国として歴史的にいずれかの国に支配されてきた悲しい歴史を持ちます。
特に覇権国家ロシアのお隣に位置すると言う運命は現在においても、ただ単に中立であることは許されず、ウクライナ情勢の悪化によってロシアの侵略が現実味を帯びてゆく中、2022年4月現在、中立国フィンランドのNATO加盟が取り沙汰されています。
フィンランドの百年にも及んだロシア帝国の支配から自由になれたのは、第一次対戦中にロシア帝国がソヴィエト社会主義政権によって崩壊させられたからです。ロシア支配以前にはスウェーデンに牛耳られ、文化的にもスウェーデンの文化の一部とさえされていました。
国民的作曲家シベリウス
フィンランドの大作曲家シベリウス (1865-1957) は、フィンランド国内にいながらも、スウェーデン語によって教育を受けたフィンランドの偉人です。19世紀のフィンランド人はそんな風に生きて来ていたのです。そして自分たちはスウェーデン人でもロシア人でもないと、フィンランド人の民族意識を高めさせることに貢献した書物が、シベリウスも傾倒した民族叙事詩「カレワラ」でした。
フィンランドが近代独立国家となったのは1917年12月ですが、ロシアの支配下から独立の時代を取り扱った作品が、アニメ世界名作劇場に存在します。
1984年に放映された「牧場の少女カトリ」
わたしが小学生の頃に放映されたアニメでしたが、当時見ることはなく、つい先頃、インターネット配信で鑑賞したのですが、大変に感銘を受けました。
美しいフィンランドの情景と田舎の暮らしを描いた作品。
でも子供のころに見ていても分らなかっただろうなとも思います。
古いアニメですが、手書きのアニメの背景の美術は素晴らしく感動しました。
劇中ではフィンランドの第二の国家と言われるジャン・シベリウス作曲の「フィンランディア」が毎回BGMとして使用されていて、我々が思い浮かべるフィンランドらしさを思い起こさせるに十分でした。
劇中に流れるシベリウスの音楽からはフィンランドの深い森や、上述した叙事詩「カレワラ Kalevara (劇中ではなぜか英語読みのカレヴァラと呼ばれていました)」の情景が眼前に映し出されるかのようです。
フィンランド文化は湖と森の国から生まれたものあっても、現在においても国民幸福度世界一に何度も選ばれている世界先進国の一つ。
「牧場の少女カトリ」は、我々が期待する、そんなフィンランドらしさの全てが描かれているのでは、と驚くくらいに、深いテーマがたくさん込められていました。
ロシア帝国からの独立運動
独立の歌であるシベリウスのフィンランディア
民族意識高揚に貢献した「カレワラ」。乙女アイノのための詩をカトリは愛唱します。
地主と雇われる貧しき人々
熊と狼と狐と牛と羊、そして家畜番
夏はほとんど夜にも沈まない太陽
長い冬の糸紡ぎに機織り
湯気いっぱいのサウナ
生まれてくる生命と死んでゆく生命
バターをたっぷり塗った大きな焼き締めたパン
大都会ヘルシンキにトゥルクでの生活と田舎との対比
ドイツへ出稼ぎにゆき、戦争ゆえに帰ってくることのできない母親
いろんなものがたくさん詰まっている物語でしたが、一番大切なテーマは教育でした。
父親のいない貧しい農家の少女カトリは母親と別れ、十歳で祖父母の家から富農の家に住みこみで働きに出て、ひたすら仕事をしますが、学校にも行けずに仕事ばかりの日々の中でも本を読み(聖書にレミゼラブルにカレワラ)、詩を覚えて、九九などの算数も独学で学びます。
何度も「家畜番が勉強などして何になる」と何度も言われます。バカにもされます。それが社会的階層の固定していた20世紀初頭の田舎の現実です。
それでも、カトリはもっと広い外の世界を知りたい。
そんな素朴な疑問を胸に抱きつつ、精一杯頑張るカトリの周りでたくさんの人たちが手助けしてくれるのです。
頑張れば認めてくれる人がいる素晴らしい世界(邪魔する嫌な人たちのこともしっかりと描かれています)。
そんなことをアニメを見ながら考えていました。
フィンランドの教育
二十世紀後半より、高度福祉国家フィンランドの教育は世界最高水準にあります。
そして平等を謳う福祉の国であるフィンランドにはスローライフが似合います。ムーミン発祥の地なのですから。
スローライフとフィンランド
こんな日本映画もありました。2007年の「かもめ食堂」。
焼き立てのシナモンロールは美味しそうでしたね。YouTubeのロシア語字幕版では全編無料で鑑賞できます。
こういうのどかな100年前のフィンランドのお話が、世界名作劇場のカトリ。
また、スマホが発明普及されるまでは「ガラケー」と呼ばれる折り畳み式携帯電話で世界を席巻したノキアもフィンランドの会社です。
こんな映像があります。面白いのでご紹介いたします。
20世紀を御存じない若い方はこのメロディ、ご存知でしょうか?
カトリとは全く関係のない動画ですが、このフィンランド発の音楽が世界中知られていたからこそ、こんな粋なパフォーマンスもあり得ました。名演奏です(笑)。
「牧場の少女カトリ」は、翌年放映された「小公女セーラ」ほどには過激な内容ではなく、時々組み込まれる独立運動の話や、羊毛泥棒の話など以外では、大変に牧歌的な物語かもしれませんが、十歳の聡明な少女の見た二十世紀初頭のフィンランドの田舎と都会の世界の現実は真実味を持つものです。
配信などで鑑賞できるようでしたら全ての方にお勧めです。全49話。
わたしは叙事詩カレワラが読みたくなりました。
そして大好きなシベリウスの音楽を再び聴いています。
交響曲作曲家シベリウスが余暇に作曲し続けたピアノ小品は素敵ですね。演奏技術的にも中流者向けの易しいものばかり。
わたしは最初期の即興曲作品5をよくピアノで奏でます。愛奏曲は明るいホ長調に物憂げな短調の中間部がある第六番。作曲家のピアノ曲で最も有名なのは「樹の組曲」作品75のなかの「樅ノ木」。
以前より深く愛好しているシベリウスの音楽のことはまた詳しく書いてみたいですね。
いつの日か、カトリとシベリウスの故郷であるフィンランドを訪れたいと思っています。