「同等の立場なら誰とでも理解しあえる~『イーブン』~」【YA87】
『イーブン』村上しいこ 著(小学館)
2024年10月1日読了
主人公は中学生の美桜里。
あることで親友と行き違いがあり、また本人としてはクラスメイトからも酷いことをされたという認識で、学校へは行くことができないでいます。
両親は父親のDVが原因で離婚、調停時の約束で父親は養育費を支払う代わりに、定期的に美桜里と会えることになっています。
なかなか学校へ行けない美桜里が家のニ階で一人で悶々としながら留守番していたある日、階下から何やら物音が聞こえると思ったら、ガチャンというガラスの割れる音がしました。
泥棒?いや違うかも…。
いろんなあり得る状況を必死に考える美桜里でしたが、やはりこれは泥棒に違いないという結論に至り、泥棒に知られないようじっとしていました。
しかしもしかして泥棒がニ階へ上がってきてしまうかもと考えると、やはり何か行動をおこさなければわが身が危ないと、自分のスマホから自宅電話にかけて、留守電に「もうすぐパパと家につくよ」という母への伝言を残す演技をしたのです。
おかげで泥棒は即座に逃げてくれたのですが、美桜里はニ階の窓からそっと逃げていく犯人の姿を目撃しました。
その後ろ姿はジャンパーにカレーライスの絵が描かれているという目に焼き付くような特徴的なものでした。
警察にも来てもらって、とりあえず事なきを得ましたが、母親からは学校へ行かず一人でいたことに危険が及んだかもしれないことを責められます。
母親は、さまざまな悩みに生きづらさを感じている女性たちの相談に乗ったり支援したりというような仕事をしており、普段の会話もフェミニストな内容の言葉をついつい入れ込むことが多く、美桜里にとってはどこかうざったく感じてしまうのです。
父親は地方の放送局の制作の仕事をしており、番組の企画で母親と知り合い結婚していました。
しかし、母親の相手を問い詰めて逃げ場を残してくれない話し方に我慢がならなかった父親は、つい暴力と言う手段で相手を黙らせがちでした。結局ふたりは上手くいくことがなくなり、決定的な出来事で離婚を選ばざるを得なくなってしまったのでした。
そのような自分と周辺の生活がもやもやとした環境の中、別に住む祖母が手作り市に作品を出しているからと、美桜里に一緒に手伝いに行くよう祖母から誘われます。
あまり乗り気ではなかったけれど、その手作り市にてキッチンカーでカレーを売っている年配の男性と高校生くらいの男の子と出会います。
二人とは初めはなかなか親しくなれそうには思えませんでしたが、何度か会ううちに次第に交流が深まっていきますし、自分もカレー作りやキッチンカーで売る手伝いをするようになり、美桜里の心もやんわりと明るさがともるようになります。
しかしある日、カレーを作る拠点である男性の住まいに入った際、部屋のあるものに目を奪われます。
あの、泥棒に入られた時に見た犯人の背中にカレーライスのイラストが描かれたジャンパーと同じものでした。
しかし仲良くなり、キッチンカーのことをいろいろと教えてもらっている二人にはこのことをなかなか尋ねることができませんでした。
はたしてこの男性がまさか真犯人なのでしょうか!?
そして父と母はこのまま分かり合えないまま時間は過ぎて行ってしまうのでしょうか?
美桜里はずっと学校へ行けず、親友とは仲直りできないでいるのでしょうか?
さまざまな問題を抱えながら、物語は進んでいきます……。
不登校になってしまった子どもたちの中にある心の葛藤は様々で複雑かと思われます。
この物語の主人公は、家庭が破綻し両親が離婚。
DVに陥ってしまった父親にはもちろん悪いところもあると認識しているけれど、子どもとしては大好きな父であることには変わりないし、父と二人でいるときは和やかに会話もできます。
母親とは一緒に生活していますが、何かにつけて「女性はいつ何時危ない目にあうかわからないから、自分で身を守るためにはどうすればいいかを、常に考えておかなければならない」と美桜里に説教するおかげで、うるさく感じるし窮屈にも思え、なぜ父親が母と上手くいかなかったのかを冷静に考えます。
お互い言い方を考えればすれ違うことはなかったはずなのに、近しい間柄になるにつれお互いを気遣う意識がしだいに欠けていったのかもしれません。
それは美桜里と親友とも同じことがいえるのかもしれません。
クラスの男子が行ったある企画で不当に扱われた美桜里は腹を立て、その男子たちを擁護するような言葉を美桜里に向けた親友にも衝撃を受け落胆し、口を利かなくなり、ついに学校へは行けなくなる始末でしたが、もっとじっくりと話をお互いにしてみたら、それぞれの心で思っていることが理解できるかもしれません。
まずそのことを指摘してくれたのは、キッチンカーを手伝っている高校生の男の子でした。
彼もまた、彼なりの問題を抱えているのでしたが、年上らしく美桜里へアドバイスをしてくれる頼もしい存在でもありました。
信頼できる人物だと納得できた時、いよいよ美桜里は“あのこと”を彼に話してみるのでしたが、そのジャンパーを着ていた犯人の件で、彼は思い当たる人物が別にいると言うのでした。
タイトルの『イーブン』は、その男の子が美桜里に話してくれた生きる上での考え方でした。
どんな時も、誰とでも…それは親子でも友人とでも、年齢が違っていても立場はお互い様のイーブンで話をしたり考えたりすれば、上からでも下からでもない目線でお互いのことを理解できて仲良くできるというもの。
そこをまず上手く自分の中に取り込むことができそうなとき、美桜里はまず両親のことをどうにかできないか考えます。
また親友との諍いについても、自分にも独りよがりな部分がなかったか考えます。
そしてクライマックスは、男の子の秘密について知り、彼なりの苦悩を共に解決するときが来ます。
ふたりはお互いの、他人にはあまり言いたくない・知られたくない秘密を共有する段階で、“イーブン”の関係でいなくてはなりません。
それができた時、彼らは辛いけれど結果はすっきりと晴れやかな気持ちになれる行いにつながるのでした。
思春期によくある友人との気持ちと言葉の行き違い、よくお互いを知っているからこそ素直になれない家族のそれぞれの立場、それらを少しだけ大人の考え方で優しく包み込んでくれる人物との出会いにより一歩踏み出せる、背中を押してくれるお話になっています。
いろいろと悩みを抱えている中高生に、そっと寄り添ってくれるのではないでしょうか。