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「探究」は特別なことか?

a)「総合的な探究の時間」

 「総合的な探究の時間」で育った世代は、一般的にはまだ教員になっていない(または非常に少ない)と思います。年間計画や各授業のプログラムを設計し、最前線で生徒の探究に寄り添う教員は、そもそも探究で育っていないので、先人もいなければ、お手本もないわけで、したがって、この授業に携わることに抵抗や困難さを覚える方も多いのではないでしょうか。
 そこで、研修等に参加することになるわけですが、そこで語られることは多くの場合、極めて“キラキラ”した内容であるように感じます。「探究によって、生徒がこんなにも成長した」「そのためのプログラムはこんなに高度なことをやっている」「有名企業や有名大学と連携している」「探究成果として、企業とのコラボ商品を開発、発売した」「役所と連携して高校生の手によって地域が活性化した」「そのことによって生徒の一般教科の学習意欲も向上し、進路実績が著しく向上した」等々。スーパーティーチャーが、高度な知見を用いて、素晴らしくスペシャルな活動していることの報告を聞くことがこういった多くの研修の目的ですから、そういうものかもしれません。聴衆の感想としては、「とても素晴らしいことのようだが、自分や自分の学校で実際に活動することは不可能に近い」といったところが正直なものではないでしょうか。

 本稿では、改めて「総合的な探究の時間」は何のために存在し、そこにおいてどのようなことが行われ、達成されるべきか、を考えていきたいと思います。

b)何を目標としているのか?

第1 目標
探究の見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
(1) 探究の過程において、課題の発見と解決に必要な知識及び技能を身に付け、課題に関わる概念を形成し、探究の意義や価値を理解するようにする。
(2) 実社会や実生活と自己との関わりから問いを見いだし、自分で課題を立て、情報を集め、整理・分析して、まとめ・表現することができるようにする。
(3) 探究に主体的・協働的に取り組むとともに、互いのよさを生かしながら、新たな価値を創造し、よりよい社会を実現しようとする態度を養う。

学習指導要領「総合的な探究の時間」

 学習指導要領は、上記のような目標を設定しています。そもそも学習指導要領が想定している「探究」とは、「問題解決的な学習が発展的に繰り返されていく」学習、そして「物事の本質を自己との関わりで探り見極めようとする一連の知的営みのこと」とのこと。また、「探究の見方・考え方を働かせる」ということは、探究の「過程」をこの時間の本質と捉え、中心に据えることが肝要だと指導要領は主張しています。
 つまり、学習指導要領は、高校生に対して「課題を解決し、なんらかの研究成果を上げること」までは、求めていないようです。
さらに、学習指導要領の「解説」を紐解いてみますと、

高等学校においてこのような生徒の姿を実現していくに当たっては、生徒が取り組む探究がより洗練された質の高いものであることが求められる。質の高い探究とは、次の二つで考えることができる。
 一つは、探究の過程が高度化するということである。(中略)
 もう一つは、探究が自律的に行われるということである。

学習指導要領解説「総合的な探究の時間」

 との記述があります。

 ここで言う「高度化」とは,目的と解決の方法に矛盾がない整合性、適切に資質・能力を活用している効果性、焦点化し深く掘り下げる鋭角性、幅広い可能性を視野に入れる広角性などの姿で捉えることができる、と解説に記述があります。「自律的に行われる」とは、自分にとって関わりが深い課題(自己課題)に対して、探究の過程を見通しつつ、自分の力で運用し、得られた知見を生かして社会に参画しようとするなどの姿で捉えることができる、との記述でした。

その上でよくみられる次の図を示しています。

c)探究に求められているもの

 このようにざっと学習指導要領を読んでみて私が感じたことは、「これって普通のことじゃないの?」というものでした。どのような教科の学習においても、課題を設定し、その解決のために情報を収集、整理分析し、まとめて表現する、という活動が行われているに決まっていませんか?共通テストの問題を解くときも、2次試験の問題を解くときも、英検も漢検もすべて「学び」においては、このルートをたどっているはずです。また、生徒会活動や部活動といった特別活動等や、料理や掃除の最適化という日常生活に至るまで、この過程を意識的にせよ、無意識にせよたどっているものです。ですから、私は何をいまさら“偉そう”にこんな当たり前のことを強調しているのか、という感想を持ったのです。

 すこし穿った見方をすれば、この学びの4つの段階を取り出して、改めて強調する「総合的な探究の時間」を設定しなければならないほど、我が国の高校生たちは自ら問いを見出し、探究することができる力が醸成されていない、と国は憂慮しているということでしょうか。

 いずれにしましても、私は「総合的な探究の時間」では、学びに向かう者として、ごくごく普通の態度を高校生に求めているのだと考えています。しかも、成果よりもその過程の部分を中心に据えてよい、とまで学習指導要領は言っています。ですから、「総合的な探究の時間」でどんなプログラムを行うのか、を設計するのはさほど難しいことではなく、本当に普通のことを積み重ねていけばよいと思っています。

 次回は、実際にプログラムの中身について考えていきたいと思います。
 ご意見ご感想等ございましたら、お気軽にお寄せくださいませ。

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