パイロットのパフォーマンス評価と本番で結果を出すための考え方【技術編】
前回は、本番で力を出すために必要な精神面の話をしました。
いざという時に冷静に力を発揮する、つまり高いパフォーマンスを出すには、自信を持つことが大事で、それは大きな目で見ると、それまでの人生で積み重ねた「自分の判断」と、それに対する周りの評価に大きく依存していると考えました。
それを踏まえて、スランプに陥った場合の解決策として、以下の3つを提案しました。
1と2については、前回を参照ください。今回は、3の
パフォーマンスの評価基準とフレームワークを正しく理解し、努力の方向を見定める
を論じてみたいと思います。技術的なことなので、効果はより早く現れるはずです。
とある日のゴーアラウンド
まず、こちらの動画を見てみましょう。(音量注意・以下画像でも説明)
雨の中のアプローチですが、最初は問題ないように見えます。
手前でチカチカしているライト群は、アプローチライトと言って滑走路までの距離と場所をパイロットに教えてくれます。アプローチライトの後半1/3ほどのところに、まるで十字架の横棒のように配置されたバー状のライトがありますが、これは滑走路端から300m手前にあり、この真上を通過する時、飛行機はだいたい地表から30mくらいです。
通常、パイロットが着陸の可否を判断する最後のポイントではだいたい高度60mくらい(違う空港もあります)で、Decision Height(決心高度)とか、Minimumsなどと呼ばれます。
動画では、その時点でまだ滑走路と横棒が見えています。つまり、パイロットはすでに着陸する決心をした状態にあるので、通常であればこのまま着陸します。
ところが、この横棒を通過する直前くらいのタイミングで、激しい雨(スコールライン)の中に突っ込み、前が見えなくなってしまいます。
この直後、動画のパイロットはゴーアラウンドを決断、再上昇してことなきを得ました。
パイロットの技能評価
この動画のパイロットは、その操縦技倆と判断力を適切に行使して、着陸のやり直しを行いました。良い判断だったと思いますが、着陸寸前のゴーアラウンドには、リスクもあります。
急激な機首上げをすると機尾を地面にヒットする危険がある一方、もたもたしていれば周辺の障害物へぶつかる心配が出てきます。しかも、この時は雨で視界が奪われているので、計器だけでまっすぐ上らなければいけませんし、このような強い雨(驟雨 しゅうう)の中では、雨粒に周りの空気がひきずられて強力な下降気流が発生していることがあります。慎重な操縦が求められる状況と言っていいでしょう。
それでも、視界がゼロの状態で着陸を強行するよりは安全です。優秀なパイロットは、全ての着陸をゴーアラウンドするつもりで行います。動画のパイロットも、そこは同じだったでしょう。
しかし、あえて意地悪な言い方をすればいくつもある壁を突破されて、最後の砦である「着陸寸前のゴーアラウンド」を選択するところまで状況が逼迫してしまったとも言えます。
例えば、もしこのスコールラインの存在を何らかの形で予測したり、観測できていれば、アプローチをかけずに空港の近くで待機して、スコールラインが通過してから着陸をすることができたかもしれません。そうすれば、そのすぐれた操縦技量を発揮するまでもなく、何事もなかったかのように着陸していたかもしれません。
このように、脅威度の高い状況が周りに存在しても(専門的には「Threat」といいます)その対応を適切に行えば危険は顕在化しません。離れたところにあるスコールラインは飛行機にとってなにも危険なことはありませんが、着陸寸前にその中に突っ込むことは、動画にあるようにあまり気持ちのいいものではありませんね。
顕在化した危険の中でも生き残れるだけの優秀な操縦技倆をもつことは大事ですが、そもそも危険を顕在化させないための優れた判断力も、操縦技倆と同等かそれ以上に大事であり、この2点をパイロットの技能評価の柱に据えるのが、以下に見るMAPPと呼ばれるコンセプトです。
The MAPP
かつてこちらの記事でも触れましたが、MAPPと呼ばれるパフォーマンス評価モデルを図解すると以下のようになります。
細かい説明は有料パートに譲りますが、簡単に言えば、
・常に周りの状況を把握している(Situational Awareness SA)
・SAは、飛行技倆(Aircraft flown within tolerances)と 判断力(Decisions considerate of risk)の二つの柱に支えられている。(Essential skills)
・この二つを支えるスキルが、知識、マネジメント、コミュニケーションの3つの下位分類(Enabling skills)
ということになります。
優秀なパイロットは、どんなにチャレンジングな状況にあっても、いつも余裕を持って周りの天気や他機の位置、燃料の状態や自分の疲労度などを認識し、つねにSituational Awarenessを高くキープして、危険を顕在化させません。危険が顕在化しないということは、すなわち安全が確保されていることを意味します。ですから、現代のパイロットのパフォーマンス評価は、このSAを終始高く維持できていたかどうか、という観点で行われるのです。
Situation Awarenessについてはこちらの動画でよく説明されていますので、興味がある人はのぞいてみてください。
まとめ
いかがだったでしょうか。パイロットのパフォーマンスを評価するのに、適切なフレームワークを用いることで、改善点をすばやく発見し、より効果的に対策します。
本番で力が出ない、スランプだ、という方は、その問題は知識、マネジメント、コミュニケーションのどれに当てはまるかを、ぜひ一度考えてみてください。
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