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編纂記 #9 語学学習について語る

単発ネタです
今日はただただ世の語学学習について異議を唱えるだけです。
*すべて個人的見解です

宣伝。

■言語を学習する

言語を学習するってなんだろうって考えた。そもそも言語は一種のコミュニケーションツールであり人類が進化してきた過程で"群れ"から"集団"に、より強い意味を持った他社との関わりができた。生きるために。勿論、今のようにネットスーパーを頼んで一人暮らし、なんてありえない。食料を得るのにも何をするにも集団で協力していた。もっといえば、現代社会にはそれが足りないと思う。別に協調性は無くても構わない。生きるために人間という生物同士という感覚で他者と関わる、この線引が重要だと思う。
話が逸れてしまった、言語は生きるためのツールからこのような文化の中に存在する"表現するツール"となったのだ。言語が世界に必要な意味というのはあくまで表現するツールとしての話だ。反対に、生きるためのツールであればエスペラントなどの世界共通語を普及させることに多くメリットが有るだろう。でも、そうではない現代世界でそのエスペラントやらを普及させるのは難しい。生命の危機に晒されないなら別に使う言語を変える必要はないしそれが逆に自由を与え、多様性が生まれる。
その多様性とは特に近年よく聞くワードで思想・考え方もそれに含まれるがそれらの根底はその人の言語環境によって左右される。これぞ文化の中にある表現するツールとしての言語である。世界の文化が本格的に形作られてきた紀元直後の時代の環境が今、皆が使っている言語の根幹にあるはずだ。またその環境というのは宗教であったり食事であったり(肉を多く食べる人とベジタリアンでは性格に大きな違いがあるといわれている)、またその土地の気象(雨になったら気分が憂鬱になるなど本能的概念)も含むかもしれない。だから、言語は思考回路の根を形成するのである。近年ではそこまで思考回路の差は顕著ではないと思うが潜在的に皆が持っているから"国民性"というものが生まれるのかもしれない。

言語を学習するというのはそういうことである。深く突き詰めれば、多言語の考え方を取り入れて文化を楽しむということになる。勿論そういう楽しみ方もあるが別に言語学習は楽しむだけのものではない。ビジネス的用途などで必要に迫られている人もいるし、必要に迫られていなく楽しみもないのにやっている人もいる(多くは多分、学校の英語教育や親の教育によるもの)。よくよく考えてみれば、半強制的に親がとても幼い頃から子に母国語以外を共有することは子の人格形成を矯正することになる。

■方法論

こんなにも言語を学習しようとする人はいるが、挫折した人もそれに等しいくらいいるだろう。言語に挫折はつきものだ(多分)。何が悪いのだろうか。挫折する人は必要に迫られてはなく、だがそれほど大きな楽しみを感じていない人に多いと思う。挫折する=嫌なものがある・それを乗り越えられない、この2つの条件が重なったときに起きる。

そもそも、言語に関わらず学習法は人によっては違うし、効果が出ないものは全くでないし完璧に全員に合う学習法なんてものは存在しない。そこに効率という言葉を被せるのは到底不可能なことをいっている。できたとしてもそれは理論性で説明できることではない。

でも、何をやればいいかわからない。その気持ちはよくわかる。結果的にそれで適当にやってでもその方法が自分に合っていなくてでも何故か続けて、時間は経って、後悔して、そして辞める。多分これだと思う。練習を重ねればできるようになるなんて嘘だ。毎日やるといっていつもに比べて体調が悪い日にやっても体調が悪化するだけで学習にメリットは何もない。だからとって質を極めろなんて話も嘘だ。言語は慣れるものだから質ではどうにもできない。だから、結局"量"なんだよね?となるようだがそれも違う。重要なのは立体化。何を言っているのかわからないだろうので説明する。

言語は目に見えない。初歩レベルの学習中の言語においては、実感がわかないし視覚的・聴覚的に間違っているとこがパッと目や耳に入ってくることなんでまずない。だから目に見えなくとも近くにあって触れられるような存在にするのだ。それが立体化である。言語は、「文字」「発音」「文法」...と平坦に要素が並べられているわけではない。実際はその逆でこのような要素が複雑に絡み合ってできている。単語は使うために覚えるわけではない。それは平坦に要素が並べられているという考え方である。単語はシチュエーションの表現をより適切で鮮明にするために覚えるものだ。だから、使わないから覚えない、ではなく自分の言語観を広げるために覚えなくとも触れてほしい。機械にも人工知能にもわからなくとも人間だけがわかる"雰囲気"があると信じている。

ならば具体的に何をして勉強しよう、となるのは当然だ。
なので説明する。
言語学習に一番必要なのは"雰囲気"である。話し方のアクセントも会話している時の状況も間違っている違和感も全て雰囲気から感じ取れる。言語は数学だという話がある。その意見には賛成だがそれはまた別問題である。雰囲気で言語を学習するするというのは具体的にどういうことか言語学習開始日から見てみよう。特に初歩段階のときに大切である。また、ネットと本を併用するのがベスト。(以下はガチでやる人用スケジュール。ゆるくやりたい人もこの中からピックアップして学習すると良い)

0day:文字を嗜む
ラテン文字でなければ文字を覚える段階から始まるだろう
でも一日で覚えられる。世界の文字についてまとめた記事を近日公開予定。
1day:音を嗜む
youtubeなんかにある学習言語のネイティブスピーカーの話し方(日本語の解説動画はNG、その言語で適当な言葉を検索すれば出てくる。ラテン文字でないものは文字を適当に打つだけで謎の動画が引っ掛かる)を聞きまくる。また完全に真似するのではなく"デタラメ"にそれっぽく真似する。
これをはじめの1週間位続ける(期間は人による)。
また、youtubeにないくらいのマイナー言語なら僕に教えてほしい。
興味ある。
2day:単語を嗜む
その言語の文を見まくる。単語を見るだけだからGoogle翻訳で適当に翻訳した文でも十分。マイナー言語ならyoutubeと同様の手法を取ろう。
単語を見てだいたいの雰囲気を掴み、適当にありそうな言葉をたくさん作ってみる。これを3日から5日程度続ける(期間は人による)。
3day:文法を嗜む
youtubeと同様の手法で適当に学習言語の文を見つけてきて単語を調べる。辞書が見つからないくらいの言語なら画像検索をかけるとなんとなく推察できるかもしれない。適当な日本語をその言語の語順に入れ替える遊びをしてみる。若干マイナーめな言語を含めた語順や文法についての記事を近日公開予定。
4day:単語学習①
身の回りにあるものや思ったこと、これなんて言うんだろうなどを全て翻訳する(暇な休日に重点的にやるとよい)。挨拶を相槌などを特に徹底すること。日常会話でよくあるフレーズも徹底すること。文字で綴られたのも見て1dayからの練習を生かしてめちゃめちゃそれっぽく読んでみる、それから正しい発音を身につける。これを20個くらい覚える、確実絶対に。
5day:単語学習②
4dayでやった単語をなるべく全て思い出す、そしてメモしてあるもので答え合わせ。その単語の派生語を調べる、そして書き出す。派生語も含めて"文法を調べながら"例文を5個づつ作る。例文に使った知らない単語を書き出す、必死で覚える必要はないが一応全て触れておく。
6day:文法学習
時制、否定文、仮定形、疑問文、語形変化を叩き込む。
7day-12day:単語学習①と②を交互にやる/文法学習は毎日
13,14day:ネイティブ生活
主に思考や文章を書くとき、ネイティブになりきって生活する(スピーキングは家族に迷惑をかけない程度にできたら)
暇な休日にやったほうが良い。
15day以降:
     【基本的な1周間の学習の流れ】

・単語学習①(単語学習は2日で1セット)
・単語学習②
・単語学習③
・単語学習④
・ネイティブ生活
・課題作文(課題は自分で考える。短くても問題はない。あまり時間をかけすぎないように。)
・休養日(必ず週1で休養を入れること)
*但し、0-3dayを忘れたなって思ったら絶対にやること。
何回やりまくってもよい

細かいやり方は自分で考えよう、というのが結論。

■結論

本当に人によることだ。

ということで、
かなり長文となってしまいましたがこんな感じです。
まだまだ話は尽きませんが今日のところはとりあえず終了。
また今度、言語学習論について語る記事を書きたいと思っている

読者の方々、いつもありがとうございます。
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まだ読んでない記事がある人は読んでみよう!


最後まで読んでくれてありがとうございました!

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