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歌う。ただ目の前のあなたに向けて。
「——それでは聞いてください」
お、今日もやってる。
仕事帰りの時間、駅のエスカレーター下。
最近この男を見かけるようになった。
毎日これくらいの時間に、同じ場所で、ギターを演奏している。
歌っている曲は、有名曲のカバーだったり、自作だったり。
上手いか下手かは分からないが、とにかく毎日やっている。
彼の歌声を聞くと、「ああ、帰ってきた」と感じるようになった。
「——ありがとうございました」
そんなことを思いながら、今日も、彼の前を素通りしていく。
”お気持ちをお願いします”と書かれたギターケースには、まだ、一度も「投げ銭」をしたことはない。
そもそも、彼の歌を真剣に聞いたことなんて、まだ一度もなかったのだ。
「お、今日もやってる」
そう思いながら、今日も彼の横を素通りした。
——◇——◇——◇——◇——◇——
「——それでは聞いてください」
ホント迷惑よね、ああいうの。
遊び帰りの時間、駅のエスカレーター下。
最近この男を見かけるようになった。
なんていうの?路上バンド?
こういうのって、許可とかいらないのかしら?
そんなことを思いながら、ツカツカと彼の前を通り過ぎる。
"夢を叶えるためにお金を貯めています"
そう書かれたギターケースには、1円玉が何枚か入っているだけだ。
「だいたい、お金目当てで路上バンドしてるの?お世辞でも、もっとデカい夢かかげなさいよ」
そんなことを思いながら、ツカツカとタクシー乗り場へ向かう。
「——ありがとうございました」
彼が、なぜここで歌っているのか、本当に”お金を貯めるため”なのか、その「想い」を聞いたことはなかった。
「ホント迷惑よね、ああいうの。ホンッとに」
そう思いながら、今日も彼の横を素通りした。
——◇——◇——◇——◇——◇——
「——それでは聞いてください」
今日はどんな曲をやるんだろ?
学校帰りの時間、駅のエスカレーター下。
最近この男を見かけるようになった。
自分もバンドをやっているからか、
自然と男の演奏に関心が向いた。
どんな曲?どんな声?
どんなトーン?どんなメッセージ?
気になる。聞いてみたい。知りたい。
そう思いながら、今日も男の前で立ち止まった。
"夢を叶えるためにお金を貯めています"
なんかそーいうの、カッコイイ。
自分でもきっと、お金の「足し」にはならないって、わかってるのにね。
それでも、青臭いってわかってても、
正直にそう言えるって、カッコいい。そう思った。
「——ありがとうございました」
そんなことを思いながら、今日も男の前で歌を聴いた。
「——ねえ、お金を貯めて、どんな夢を叶えたいの?」
そう思いながら、今日も彼の前から立ち去った。
——◇——◇——◇——◇——◇——
「——それでは聞いてください」
もう何日目だろうか。
バイト帰りのこの時間、駅のエスカレーター下。
最近、ここでオレはギターを弾くようになった。
目的は単純。
「生活費の足し」にしたいってのが正直なところだ。
まあ、もちろん、歌声を認めてもらえたら嬉しいし、
自分の存在を知ってもらいたい、ってのもある。
どれがホントでどれがウソ、とか、そういうんじゃなくて。
どれもホントで、どれもホントじゃない。
そんな感じだ。
金も欲しいし、認めてもらいたいし、知ってももらいたい。
そんな想いで、今日もギターを弾いていた。
でも、いつしか、自分でもわからなくなった。
なんで、ここで、ギターを弾いてるんだ?
ギターケースを開いて「投げ銭」を期待したり。
「——って言います。よかったらフォローしてください」って宣伝したり。
「オーディションも目指してるんです」って夢を語ってみたり。
どれもホントだけど、どれもホントじゃない。
結局、なんでギターを弾いてるんだっけ?
その「モチベーション」が、分からなくなっていた。
「——ありがとうございました」
そんなことを想いながら、今日もギターを弾いた。
「ねえ、お兄さん」
通りかかりの男の子がポツリといった。
「さっきの曲、よかったよ」
——ああ。コレだったんだ。
そのとき気がついた。
これが、オレが毎日ギターを弾いている理由だったんだ。
毎日ギターを駅前で弾く。
1日に1人しか聴いてくれなくても、
30日続ければ、30人が聴いてくれる。
そうやって、「人数稼ぎ」をしてみたこともあった。
毎日ギターを駅前で弾く。
もしも1日に100円「投げ銭」してもらえれば、
30日で3000円も収入になる。
そうやって「お金稼ぎ」をしたこともあった。
毎日ギターを駅前で弾く。
もしも100人に知ってもらえれば、
デビューできる確率だってきっと上がる。
そうやって「知名度稼ぎ」をしたこともあった。
どれもホントで、どれもホントじゃない。
でも。
きっと、これは「ホント」だ。
何万人もの人に「耳に入れてもらう」よりも、
たった1人の人でもいいから「聴いて」もらいたい。
そんな「小さな手触りのある喜び」が欲しくて、
毎日ギターを弾いてたんだ。
男はそう想いながら、駅を後にした。
◆
あなたに向けて。
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