「居場所」って、「居なくても良い場所」のことだと思う
「——いらっしゃい。何名さまですか?」
薄暗い店内に、1人で足を踏み入れる。
「——1名さまですね。カウンターにお座りください」
この店に来るのも、これが最後かな。
そう思いながら、席に着く。
大学を卒業して、この街を出る。
当時の私にとって、それは人生の終わりに等しく感じた。
社会人になってしまえば、会社に行くのは当たり前。
でも、学生だった私にとって、それは途方もないことのように思えた。
「——を1つ。あとフードは、これと、これと……」
そうこうしながら、私はこの店の空気に溶け込んでいった。
——◆——◆——◆——◆——◆——
この店は、私にとって「居場所」の1つだ。
大人数で来ることもできるし、1人で来ることもできる。
居心地のいい居場所。何度も来たい場所。
でも、だからと言って、毎日のように来ているわけではない。
(——毎日通っていた時期もある)
1週間に何回も足を運ぶこともあれば、
半年くらいご無沙汰になることもある。
実際、この日も、1年半ぶりくらいにこの店に来たのだ。
足繁く通っていた時期には、「常連さん」として見てもらっていた。
マスターやバイトの子にも、顔を覚えてもらっていた。
でも。
1年半も足を運んでいなかった。
いま、「常連さん」の顔をして、マスターに話しかけて良いのかな?
私がマスターのことを覚えていても、
マスターが私を覚えているとは限らない。
さも顔馴染みのように話しかけて、
「はて、キミは・・・?」となったら、目も当てられない。
そこで私がとった行動は、単純かつ明快。
「初めまして」のフリをして、黙っていたのだ。
——◆——◆——◆——◆——◆——
酔いも回ってきて、そろそろ帰ろう、となった、その時。
「——あ、もしかして髪型変えた?」
「1年くらい来てくれなかったから、最初は気づかなかったよ」
マスターが私を覗き込んで、言った。
そのとき、私は改めて思った。
ああ、ここが私の「居場所」なんだ。
毎日来てもいいし、
1年来なくてもいい。
そして、1年ぶりに顔を出しても、
まるで先週ぶりかのように、受け入れてくれる。
そんなこのお店は、やっぱり私の「居場所だ」
「——この街を出るんです」
「そっか、また帰ってきたら寄ってくれよ?」
絶対に帰ってくる。絶対に。
そう心に留めて、私は「居場所」を後にした。
——◆——◆——◆——◆——◆——
居場所って、居なくても良い場所のことだ。
——こう思うのだ。
「居なくちゃいけない」ならば、
それは「居るべき場所」であって「居場所」じゃない。
「居ちゃいけない場所」ならば、
それは「居るべきじゃない場所」であって「居場所」じゃない。
つまり、「居ても居なくてもいい場所」が、「居場所」なんだと思う。
もっと言い換えれば、
「いつ帰ってきても、『おかえり』と言ってくれる場所」
——それが「居場所」なんじゃないか。そう思うのである。
だから私は、
「居なくちゃいけない場所」でもなく、
「居ちゃいけない場所」でもなく、
「居なくても良い場所」を作りたい。
「いつ帰ってきても、『おかえり』と言ってくれる場所」を作りたい。
——そんな想いで、この「note川のベンチ」を作りました。
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