安部公房「方舟さくら丸」
コロナの時代に読む安部公房といえばこれでしょう。
建築用資材の地下採石場の洞窟に巨大な核シェルター設備を造り上げた、<ぼく>こと通称「もぐら」が、シェルターに「乗船」する許可証である、「生き残るための切符」を携え外出したとき、自分の糞を餌にして生きる昆虫「ユープケッチャ」が売られているのを発見します。
完璧な閉鎖系といえるユープケッチャの生態に魅せられた「もぐら」は、買い占めを図るため売主の昆虫屋に「生き残るための切符」を渡したのですが、思わぬなりゆきから「サクラ」という男性と連れの女に切符を奪われてしまい、かくして男女4人による共同生活が始まる・・・という概略ですが、災厄を逃れるために引きこもる、という構図が現在の私たちの状況とシンクロしているように思われるのです。
この奇妙な共同生活は早々に様々なアクシデントに見舞われます。主人公の父親「猪突」や女子中学生狩りを行う老人集団「ほうき隊」といった、安部公房作品らしいユニークなキャラクターの面々が絡むことで、「もぐら」の計画は大きくゆらぎます。「オリンピック阻止同盟」なる団体の登場には、ますます現在との不思議な共鳴を感じずにはいられませんでした。
物語は後半「もぐら」が便器に片足を突っ込んでしまい、身動きがとれなくなるといった、悲劇的でもあり、ユーモラスでもあるアクシデントによって大きく動きます。そして透明な静けさを湛えた結末まで読み終えたとき、読者はこの小説が裏返しの「砂の女」だったことに気がつくでしょう。
「箱男」や「密会」のような前衛的手法は抑えられ、読みやすい構成になっていますので、ぜひこの機会に広く読まれて欲しい作品です。