理論的には非合理な新卒一括採用 ~若手社員のミスマッチと離職を防ぐには?~ 【五十畑浩平×築地健】
多くの企業が若手の採用難や人材の育成・定着の困難に悩んでいます。優秀な人材の採用や育成のために、いま企業は何を考えるべきなのでしょうか。
若者のキャリア形成やワークライフバランスに関する研究を専門とする名城大学の五十畑教授と、多くの大企業のチェンジマネジメントや業務プロセス改善を手掛けるソフィアの築地健が、日本企業が抱える現状の課題とその要因を読み解きます。
五十畑浩平(いそはた こうへい)
1978年東京生まれ。青山学院大学文学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)外国語学部卒業。2011年中央大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。中央大学経済学部任期制助教、香川大学特命助教などを経て、2016年から名城大学経営学部准教授。2021年から同教授。専門は、フランスにおける若年者雇用問題、職業教育、人材育成など。
築地 健(つきじ たけし)
1978年東京生まれ。日本政策金融公庫、大手メーカー人事、コンサル会社を経てソフィア参画。業務プロセスの中のコミュニケーションをテーマに精力的に活動。インターナルコミュニケーション調査・戦略策定、コラボレーションウェア(社内SNS、イントラポータル等)利活用支援の専門家。
国際ビジネスコミュニケーション団体 IABC・ 日本代表。
講演/執筆実績:日経BP経営課題シンポジウム、小学館、企業研究会、日本貿易会、マイクロソフト 他
新卒一括採用の日本、新卒は非正規が当たり前のフランス
築地:五十畑教授は、フランスと日本における若者のキャリア形成やワークライフバランスの比較研究をされていますが、なぜフランスだったのでしょうか。
五十畑教授:大学時代に第二外国語でフランス語を学び、フランス語にはまって留学したのがきっかけですね。留学して一番驚いたのは、日本との勤労観や働き方の違いです。フランスではなぜ17時に仕事を終えられるのか、なぜ5週間もバカンスが取れるのか。留学時に感じたそうした違いに対する“モヤモヤ”を解消したかったことが、きっかけですね。
築地:フランスと日本における、若者の雇用状況の違いについて教えてください。
五十畑教授:日本では大学在学中のある時点から一斉に就職活動を始めて、卒業後すぐに採用する「新卒一括採用」が主流ですが、実はこの新卒一括採用は世界的にみると極めてまれな制度です。学校を卒業後すぐに正社員として就職できるのは大きなメリットである一方、このときに就職できなければ、ずっと非正規のままで固定されてしまうことも多い。それで一生を左右されてしまうのは本当に問題だと思います。
築地:フランスではどうですか?
五十畑教授:フランスでは、その他の諸外国同様、大卒でも非正規から社会人生活をスタートするのが当たり前です。若者の失業率も高く、就職難となる点は大きな問題ですが、だからこそ「その分、非正規の若者たちをしっかりケアしていかなければならない」という社会的なコンセンサスがあるようにも思います。
築地:フランスでは、非正規からキャリアが始まることをどのように受け止められているのでしょうか?
五十畑教授:やはり「無期雇用の正社員になりたい」というのが本音ではあります。しかし、フランスは学歴やそれに紐付いた資格、さらには職務経験によって採用が決まるわけであり、職務経験を積むほど正社員になれる点では、ある意味日本よりフェアだとも考えられます。
築地:「大学を卒業したばかりでは経験が少ないから仕方ない」という雰囲気なんですね。
五十畑教授:ただ、フランスでは学歴でその後のキャリアが決まると言っても過言ではありません。グランゼコールと呼ばれるエリート校を出た学生は、日本と同じように卒業後すぐ正社員になり、“幹部候補生”としてキャリアを積んでいきます。それ以外の大卒は中間管理職レベル、高卒は工場の工員や企業の従業員にとどまる。だから、学歴によって労働市場が異なるんですよ。一方、日本では学歴に関係なく同じ労働市場で闘うから無駄に競争が激しいですし、そのうえ教育も就職も個人の問題とされているから大変ですよね。
企業のリアルをいかに伝えるか?インターンシップの課題
築地:グランゼコール卒の社員を対象に行われている企業内での育成や研修は、たとえば日本の大企業総合職社員の育成と比べて違いはありますか?
五十畑教授:今や、大学でも程度の差はあれ広く実施されるようになりましたが、グランゼコールには昔から、「スタージュ」と呼ばれる本格的なインターンシップが必修であります。スタージュには基本的に3つの段階があって、まず2〜4週間ほど現場で職場観察をする。次に、3ヵ月間程度、学校で習得した理論的知識や方法を、現場での業務を通して実践する。
最後に、3〜6ヵ月間、自身の専攻や研究計画にもとづいた職務を現場で遂行する。学生たちは、こうした一連の経験をもとに、さらに学校で実践研究を深め、最終的には卒論にまとめることとなっています。
つまり、ある意味、産学連携で学生を育てているわけです。
築地:本当に実践的なプログラムですね。
五十畑教授:フランスでは、一般的に小さいうちから何度も職業選択について考える機会が与えられています。例えば、中学3年生には2週間のインターンシップがどの学校でも義務づけられています。大学に進学する場合も、「自分は将来こうなりたいからこの学部に行く」と進路を決めていきます。だからグランゼコールやその他の大学で学び、そこで職業上の資格を得て卒業後就職する。大学の学びがそのまま職業訓練ともなりうるわけですね。
築地:日本では「とりあえず大学に入る」という感覚が一般的で、大学の学びが必ずしも職業につながっているわけではありませんよね。
五十畑教授:企業は仕事の場で、学校は教育の場。キャリアチェンジしたければ大学をはじめとした教育機関で学び直して資格を取ってきてね、というのがフランス的な考え方です。
企業は人材教育の面で教育機関の恩恵を受けられているから、人件費の4%を「見習い税」という形で国に納めて教育を支えています。このように、フランスと日本では教育機関と企業の役割分担の考え方が根本から異なっているんですよね。
築地:確かにそうですね。日本では、「企業が自前で人材を育てる」というのが一般的な考え方ですよね。
五十畑教授:もっというと、フランスと日本では卒業の重さが全く異なります。フランスでは、大学に入学してもふつうに卒業できる学生は3~4割程度です。
築地:そんなに少ないんですか!
五十畑教授:だから、学部でも卒業するのは結構大変ですよ。日本では、進学できるだけの学力とお金があれば、だれでも大学を卒業できてしまいますよね。大学側はもう少し卒業要件を厳格にすべきだと思いますが、個別に行うとそうした大学ほど学生が集まらなくなるジレンマに陥ってしまいます。
新卒一括採用の不合理と、離職のポジティブな面
築地:いわゆる「新卒のミスマッチ」をなくすには、子どものうちから職業を知る機会を企業が提供する取り組みに力を入れるべきではないかと思うのですが、いかがですか?
五十畑教授:企業がそういう努力をされるのは非常に大事なことです。日本はフランスと比べ子どもの頃からのキャリア教育を受けていないにもかかわらず、ごく短期間で将来のキャリアを考えて、卒業前には就職先を決めなければならない。だからミスマッチが起こりやすい。
日本では新卒の離職率の高さがネガティブに捉えられてしまいますが、キャリア理論から言うと、そもそも構造的に難があるのだと思います。基本的に、自分のキャリアアンカーがわかるには、実際に働いてから3年ほどかかりますから。
築地:キャリアアンカーとは?
五十畑教授:エドガー・シャインという人が提唱した、その人にとって「働く上で何が一番重要か」という価値観のようなものですね。キャリアアンカーはこの図のように8種類に分類されます。
「技能・実務」は自分の技術を磨くこと、「経営・管理」はリーダーシップを発揮して自分で人をマネジメントすることに重きを置くもの。「自立・自律」は、人に命令されずのびのび好きな仕事をしたいというパターンですね。「安全・安定」は公務員や終身雇用制度のある企業など地に足の着いた安定的な働き方をしたいタイプで、逆に「新規事業創造」は新しいことをしたり、社会を変えたりするのが重要だと感じるタイプ。「奉仕・献身」は人に尽くしたいタイプ。「純粋な挑戦者」はチャレンジングなことを重要視するタイプ。「ライフスタイル」はワークライフバランスを重視したいというタイプですね。
築地:アンカーとは錨(いかり)という意味ですよね。
五十畑教授:錨とは船を安定的に停泊させるためにあるものです。仕事でもプライベートでもそうですが、はじめは興味関心もさまざまで、広範囲にわたっていろんなことを経験しますが、そうしているうちに本当に興味のある分野や得意な分野が見つかって、徐々にそこに落ち着きますよね。それが「キャリアアンカー」と呼ばれる所以です。
築地:確かに、働いてみないとわからないですよね。3年はかかるというのも納得です。
五十畑教授:純粋にキャリア理論の観点から見れば、フランスをはじめとする諸外国のほうが、転職を通してさまざまな経験を重ね、学び直しながらキャリアを修正していけるという点で理にかなっています。
今後は日本でも就職活動の開始時期だけでなく、採用のあり方や育成のあり方そのものを見直すべきではないかと思います。それは、大学の問題でもあり、企業の問題でもあるのですが。
コミュニケーションでリアリティ・ショックは軽減できる
築地:就活生に対して、「企業が仕事の面白さをいかに伝えるか」ということも課題だと思いますが、どう伝えればよいでしょうか。
五十畑教授:企業と就活生とのコミュニケーションに関して僕が一番心配しているのは、ただでさえミスマッチの起こりやすい状況になっているのに、コロナ禍で説明会や選考がすべてオンラインになり、リアルが見えづらくなっていることです。企業は基本的に良いことしか言わないものですが、むしろオンラインが主流だからこそ、ネガティブな面を含めてオープンにすることが重要ではないかと考えています。
築地:でも、企業がネガティブな情報を表に出すのは、とても勇気のいることですね。
五十畑教授:ミスマッチが増えるよりは良いと思いますね。インターンシップも、本来は理想と現実のギャップを解消する役割があるのに、1日で終わる1dayインターンシップが流行って、企業のPRや集客のツールになってしまっています。「みんながやっているから」とインターンシップが学生の点数稼ぎや企業の免罪符のように使われている。
インターンシップで良い面ばかり見せることで、入社後に直面する現実とのギャップ、いわゆる「リアリティ・ショック」をかえって大きくしてしまう可能性があるんですね。だから、インターンシップによって、企業と学生がWin-WinどころかLose-Loseな関係になってしまっているのではないかと懸念しています。
築地:表層的な情報発信では、企業のリアルは伝わらないですよね。例えばワークライフバランスのことも、「メンタルの不調で倒れた社員や退職した社員がいた。それを重く受け止めて少しずつ改善しているから、ぜひエントリーしてほしい」というように、ネガティブな情報でも正直に伝えることが求められているのかなと思いました。
五十畑教授:そうなんですよね。そういった現状を真摯に伝えて現状をさらけだすことで、「この企業はきちんと考えてくれているんだな」と学生は受け止めてくれるでしょうから。
学生は案外たくましいものですよ。うちのゼミでは、就活に関して重要なことだけは折に触れて伝えますが、みんな自分で考えて就活を進めるので、基本的に僕の出る場はないです。
築地:お客様企業の若手社員の方とお話していても、しっかり意見を言える方が多いと感じます。
案外、若者のほうが私たちのような中堅層よりしっかりしている、という側面もあるかもしれません。
後編「若手社員育成のジレンマを越える ~必要なハードシップと避けるべきハラスメント~」に続きます。
(文:大澤 美恵 編集:瀬尾 真理子 写真:INFOTO 井貝 隆史)