【語り会#06】『余命10年』は難病モノ史に残るか
先日、実写映画『余命10年』が興行収入25億円越え、動員数200万人越えを果たした。
僕は原作小説も読んでいたし、映画ももちろん観に行った。感想の記事が書きかけだったので、これを機にしっかり仕上げようと思った。
文庫発売時から気になっていた小坂流加の『余命10年』。映画を観る前には読んでおきたいと思い購入。
元々表紙イラストを担当しているloundrawが好きなので目に留まっていた小説なのだが、小説紹介TikToker・けんごが『余命10年』紹介の際に、作者が刊行前に病で亡くなられたと言っているのを聞いてより興味を持った。
『余命10年』の原作と映画の感想と、僕が今まで読んできた難病モノの小説を振り返りながらこの作品が今後の難病モノの歴史にどう残っていくのか考えていきたい。
1 原作 『余命10年』感想
映画は恋愛要素を強め過ぎてるという話を聞いてたから「そりゃ良くないよな」って気持ちで読んでみた。
初めに思ったのはこれ映像化しにくいだろ、ということ。良い意味で物語に緩急がなくてドキュメンタリーみたい。作者が本当に病気で亡くなっているからこそのリアルさが出過ぎたのだろうと思う。作品の質としてはそのおかげでかなり高い。
帯にもあるように公式が恋愛小説を謳ってるけど、正直恋愛小説感はあんまりないかも。人生とは!みたいな感じで、さっき言った緩急の無さも相まってエンタメってよりかは純文みたい。となると、映像化にあたって恋愛要素強めるのは必然かなーと思う。一応、恋愛小説なら原作改変ってことにもならないだろうし。自分はこれを恋愛物語として読めなかったけど、もし恋愛ものとして読むなら感覚的に「タイタニック」の雰囲気が一番近い。難病モノだし、「風立ちぬ」とか「キミスイ」みたいな感じかなと思ってたけど、相手を残す側が相手の今後の恋愛を考える感じはまさに「タイタニック」感があるし、そういう意味では確かに恋愛小説なのかも。
総合的には、手放しに素晴らしいって言える作品ではない。作者の病死ってバイアスがかかってる以上、どうしてもフィクションとして読めないから何とも言えない。良作なのは確かなんだけどね! フィクション・エンタメとしてはどうなのかなって話!
……と、何様かというほど上から目線ではあるけれど、一通り思うところを書いてみた。
まあ『タイタニック』は全然難病モノではないが、恋愛というジャンルで見た時の比較だ。
正直、かなり思っていた雰囲気と違った。もっとエンタメな、言い方が悪いがお涙頂戴な作品かと思っていた。しかし内容はめちゃくちゃリアルを感じるもので、もはやフィクションとは思えない。その領域まで達していた。
ここまではあくまで原作の感想である。映画を見終えた後はまた違った考えが浮かんだので、そちらは最後に書く。
2 風立ちぬ
昭和の難病モノ代表と言えば、やはり堀辰雄『風立ちぬ』かなと思う。宮崎駿監督の『風立ちぬ』の原案にもなっている。
フィクション小説ではあるが、重病で死ぬヒロイン・節子のモデルは堀の妻・矢野綾子であるため、ノンフィクションに近いフィクションだ。比較的『余命10年』に近い。
小説よりも先にジブリの『風立ちぬ』を見たこともあってか、すんなりと読むことができ、短編にしては十分感動できる良いものだと感じたが、妻がモデルと聞くと「はて当時の人々はどう評価したのだろう」と気になった。
ウィキペディアには風景描写を初めとした芸術性が高く評価されていた。純文だからこその評価であろう。
純文かエンタメかという違いが、同じノンフィクションに近いフィクションを面白いと思えるかの境目かもしれない。
3 いちご同盟 / 四月は君の嘘
続いて三田誠広『いちご同盟』とそれをベースに作られた言わずと知れた名作漫画、新川直司の『四月は君の嘘』だ。
Wikipediaのあらすじには書かれていないが、北沢も有馬同様にピアノ少年である。どちらも音楽×難病であり、物語の構成も難病モノの典型である。悩みや問題を抱えている主人公がヒロインに恋に落ち、彼女の死を通して未来に対して前向きになっていく。
そこだけに焦点を当てると、ヒットの理由は見当たらない。両作品のヒットは間違いなく音楽要素だろう。それに加えて『四月は君の嘘』はスヌーピーで有名な『PEANUTS』から名言を多く引用している。
4 君の膵臓をたべたい
言わずと知れた名作。ベストセラーであり、実写映画化もアニメ映画化もコミカライズも果たしている。平成における難病モノの頂点と言っても過言ではない。
まずはあらすじを。
この作品は個人的にもかなり素晴らしい作品だと思っている。青春物語でありながらも決して恋愛物語ではない。ネタバレになるので書かないが、難病モノの王道を大きく裏切るラスト。この終わり方に込められた意味は「私も君も、一日の価値は一緒だよ」に全て込められている。
良い意味で難病モノの中で一番「死」を客観的かつ現実的に描いているに違いない。
また、装画は『余命10年』文庫版と同じくloundrawが担当しており、このイラストで彼の名が多く知られた。
平成における難病モノの頂点と言ったように、この作品移行、類似作品が多く書店に並んだ記憶がある。
「桜」「君」「儚いイラスト」
難病モノには欠かせないものだが、あまりにも「キミスイ」が背景にあると疑ってしまうようなものばかり。
ハリー・ポッター的作品となった『君の膵臓をたべたい』だ。
5 二度目の夏、二度と会えない君
続いてはガガガ文庫より発売されたライトノベルの難病モノ。
コミカライズ、実写映画化もされたがキャストが有名でないこともあり大々的に行われず、お世辞にもヒットとは言えないものになった。僕自身読んだことあるのは小説のみで、キミスイとは打って変わって難病モノマニュアルに沿って書いたかのような王道な話だった。
バンドを組む高校生たち。病のヒロインボーカル。死後もバンドを続け、ボーカルを引き継ぐ主人公。
夏のお話ということもあり、死よりも青春の印象の方がいい。難病モノでありながらも全く重くなく、読後も爽快感が溢れる珍しい話だ。
6 君は月夜に光り輝く / 海を抱きしめて
僕が一番好きな作家の佐野徹夜の代表作『君は月夜に光り輝く』とその後の物語である『海を抱きしめて』。「風立ちぬ」・「キミスイ」に並ぶほどのビッグタイトルではないが、聞いたことあるという人も多いのではないだろうか。
装画はキミスイと同じくloundraw。コミカライズも実写映画化もされている。
間違いなく「キミスイ」の波の中で発売された作品だが、ライバルを蹴散らしベストセラーに。キミスイに引けを取らない名作だ。
それではあらすじ。
ヒロインが登場するシーンのほとんどが病院内という現実的だが、フィクションとしては異色。とりわけ特異なのが、主人公が死に近いヒロインへ憧れがあるということ。死への拒絶が薄い作品だ。もちろんヒロインがもっと生きたいと願うこともあるのだが、他作品に比べて緩い。キミスイと同じく「死」をより近くに、リアルに描いていながらも恋愛要素は入れている、というキミスイとの差別化も図られている。
7 番外編 桜のような僕の恋人 / 最後のひと葉
は、読んでいないのであれこれ書ける立場にない。前者はともかく『最後のひと葉』は言わずと知れた名作なので、ぜひ一度は読んでみたい。
8 映画『余命10年』感想
鑑賞後、一緒に行った友人も周りも多くが号泣していた。僕としては原作を読んでいるからこそ、感動出来なかった。原作感想でドキュメンタリーのようと書いた。それ故にある程度の原作改変は避けられないと踏んでいたが、なんと99%近くが変わっていた。もちろん映画『余命10年』としてしっかり仕上げられてはいたが、ここまで変わってしまうと見たかったシーンがないという事態が発生してしまう。というかしていた。
しかしRADWIMPSが奏でる美しい音楽と喧騒の使い分け。物語が進むにつれ無くなっていくビデオカメラのバッテリー(これは気のせいかもしれない)。画面の使い方。まさに神演出と言えた。
そして物語がクライマックスに近づくにつれて、数多くの改変の内の一つがこの映画に大きな意味をなしているのではないかと思った。
それは主人公・茉莉の夢が漫画家から小説家に差し替えられていること。
つまり主人公が原作よりも小坂流加に近づいているのだ。
原作『余命10年』が小坂流加がこの世界に残したものだとするならば、映画『余命10年』は小坂流加へのアンサー的作品なのではないか。
その証拠に、本編終了後「小坂流加に捧ぐ」と大きくスクリーンに映し出された。
そう考えると小説と映画の二つで一つの作品であるような気がしてきた。
たったひとりの人生を描いたドキュメンタリーとフィクションが表裏一体となった作品だ。そう思うようになった。
9 『余命10年』は難病モノ史に残るか
映画を踏まえても、正直「風立ちぬ」や「キミスイ」ほどのカリスマ性は持ち合わせていないと思う。やはり大切なフィクション性が欠けてしまっているからだ。しかしそれ故に強まったドキュメンタリー性は強みである。他作品にはないその要素で、難病モノ史における大切な作品になるのは間違いないだろう。