【書評】ビジネスリーダー必須の教養――『入門 シュンペーター 資本主義の未来を予見した天才』
経済の発展には「イノベーション」が欠かせない――。
19世紀に活躍した経済思想の巨人、J・シュンペーターの理論は、21世紀に突入して二十数年が経過した今でもまったく色あせていない。それどころか、多くの企業経営者が、長期利益の創出に向けた競争戦略を構築する上で、シュンペーターの主義主張を理論的支柱としている。そういう意味でも、シュンペーターの理論は全てのビジネスリーダーが身につけておくべき教養といえる。
イノベーションの本質
イノベーションの本質が、既存のモノや力を組み合わせて新たな資源を生み出すこと(新結合)にあるのは周知のとおりだ。その一方で、イノベーションを生み出すには企業の競争戦略はもちろん、企業を支援する政府や金融機関の動きも鍵を握っていると、シュンペーターや彼の理論を継承する経済学者(シュンペーター派)が主張していることは、あまり知られていない。
本書は、シュンペーターおよびシュンペーター派の学者たちが世に問うた数々の経済理論とその根底にあるロジックを、政治経済思想の評論家として名高い著者がかみ砕いて解説している。シュンペーターの理論に関する入門書はすでに巷間に広く流通しているが、「なぜ日本経済が停滞に陥ったのか」を、シュンペーターの理論に沿って解説しているところに本書の独自性がある。
シュンペーターの思想を詳しく知りたいというニーズと、日本経済が低迷している理由を知りたいというニーズに並行して応える。まさに、一粒で二度おいしい1冊だ。
日本経済低迷の理由
なぜ日本経済は長期的な低迷に陥ってしまったのか。その理由は「シュンペーターの理論と正反対の施策を展開したから」だと著者は言う。
既述のとおり、シュンペーター派は「政府や金融機関の支援がイノベーションの創出を大きく左右する」と訴えている。とりわけ多くの研究者が、政府の産業政策がイノベーションの源泉であると口をそろえている。
例えば、インターネットの原型と言われている技術は、米国大統領と国防長官の直轄組織である国防高等研究計画局(DARPA)の支援によって生み出された。また、アップル社がiPhoneを完成させたのは、米国政府や州政府が税制優遇や政府調達などの支援策を通して、同社の研究開発を後押ししたからだ。このように、イノベーションの創出には手厚い産業政策が不可欠なのである。
日本はどうだったか。2000年代前半、当時の小泉純一郎内閣はバブル崩壊の傷跡が癒えぬなか、「創造的破壊」を旗印に市場原理主義(新自由主義)にのっとった構造改革、通称「聖域なき構造改革」を敢行した。その代表例が、郵便事業や道路公団の民営化といった「官から民へ」の動きである。
新自由主義の代名詞である「小さな政府」を標榜し、政府の産業施策への介入が最小限に抑えられた結果、イノベーションを起こせる企業とそうでない企業が二分化してしまったのである。資源を豊富に持つ大企業であれば、単独でイノベーションを起こす力はあるかもしれないが、経営資源が潤沢でない中小・ベンチャー・スタートアップ企業は、政府の支援策がイノベーションの行方を左右する。
著者に言わせれば、日本経済低迷の理由はシュンペーターの「創造的破壊」を誤解したところにある。そういう意味では、近年の研究開発における税制改正の動きや、スタートアップ育成五か年計画などの政策が、日本経済が再浮上するための鍵を握っているのではないだろうか。